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引退表明した愛弟子・阿部勇樹にオシムが伝える監督業の心得「阿部はひとつの模範だった」「ノーマルな状態を保ち続けて欲しい」
posted2021/11/27 06:00
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph by
J.LEAGUE
イビチャ・オシムに電話をしたのは、阿部勇樹の引退会見がおこなわれた11月14日の深夜、日付も変わろうとするときだった。応対したアシマ夫人は、オシムは昼寝をしていて電話には出られないという。用件――阿部勇樹の引退へのオシムのメッセージ――を伝えると、それはすぐに必要ですかと逆に聞かれた。今日中に必要ならば、しばらく後に電話をしてくださいと。緊急ではないと答え、明日、またかけ直しますと言って電話を切り、ほぼ24時間後の月曜深夜に再びかけ直した。今度はアシマ夫人からすぐにオシムに代わった。そしてオシムは、挨拶もそこそこに阿部への思いを話し始めた。
個人的には、ジェフ市原や日本代表での思い出、心に残るエピソードなども聞きたいと思っていた。だが、オシムは、これから指導者を目指すという阿部への思い、願い、アドバイスをメッセージとして語ると、こちらに質問の余地を一切与えずに一方的に電話を切ってしまった。それもまたオシムらしかった。
オシムは阿部にどんな言葉を贈ったのか。
すべてを理解していた選手の一人だった
――元気ですか?
「ああ、君は元気か?」
――私は元気ですが、日本では阿部勇樹の引退が発表されました。
「阿部が現役を退くというのか?」
――そうです。昨日、その会見が行われました。今季限りでの引退です。
「サッカーにとっても、サッカーに関わりサッカーを愛するすべての人々にとっても、阿部はひとつの模範だった。彼は持てる力の100%を常に発揮し、必要に応じてポリバレントにプレーした。知性はサッカーにおいてとても重要だが、多くの人たちはそのことを忘れている。知性が鍵であることを。サッカーはシンプルな競技ではない。人々が考える以上にずっと複雑だ。そして阿部はすべてを理解していた選手のひとりだった。攻撃でも守備でも、何をしなければいけないかを。チームメイトにも的確に指示を出した。素晴らしい試合を実現するためには、彼のような選手が必要だ。
阿部は優れた監督になれると私は思っている。監督という仕事をシリアスに捉えているからだ。他の監督の模倣をしても意味はない。自分自身の道を歩むことこそが大事で、彼もまた他の多くの監督と同様に自分自身の道を選ぶべきだ。何をどんな風にしたらいいのか、選手やプレー、ピッチ上で起こるすべてのことに対してどう対処するか。複雑な政治情勢を辿るようにサッカーを辿っていく。阿部にはそれができる資質がある。順応性があるから一緒に仕事するのは容易いし、理解力に優れている。