進取の将棋BACK NUMBER
藤井くんは「ぴよりん/コロコロしばちゃん」、羽生さんは「溶けたアイスを飲んだ伝説」… 将棋と《おやつ》の幸せな関係
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byHiroshi Kamaya
posted2021/10/08 06:01
叡王となった藤井聡太三冠。会見ではマスク越しながら、「ペコちゃん」のぬいぐるみを手に柔和な表情を浮かべていた
羽生先生がアイスクリームを注文したのですが、盤面に集中していた結果、届いたバニラアイスが溶けてしまった。それを羽生先生はお茶などのようにグッと飲んだのです。
対局者の深浦九段は“アイス飲み”を見て……
なお当時の対局者は深浦(康市)先生。溶けていくアイスが気になりつつ、羽生先生がアイスを飲んだ様子を見て「この将棋、ちょっと勝てない」と感じたとおっしゃっています。
この話だけでマンガのようですが――たしか2013年の竜王戦、ニコニコ生放送の中継で藤田綾女流二段がその逸話について質問したとき、羽生先生は「そんなことありましたっけ?」とお答えになっていました。本人はあまり記憶していないんだ……と、それはそれで衝撃という(笑)。
ただ、一連の流れすべてが羽生先生の将棋に対する集中力の凄まじさを物語るエピソードですよね。
私自身が経験した対局相手のおやつで驚いた代表格を挙げると、佐藤天彦九段です。一時期すごいオシャレというか、高級そうなフィナンシェとかを持参されて召し上がっていたんです。その姿を見て、心の中で「やっぱり貴族(※佐藤九段の愛称)だなあ……」と感心してしまいました(笑)。
将棋に親近感を持ってもらう意味で「おやつ」は重要
最後に根本的な話になりますが、将棋とは元々の発祥から「気軽に楽しんでもらう娯楽」です。そういう意味で「おやつ」も現在、非常に大切な役割を果たしてくれていると考えています。
タイトル戦など、棋士の技術の応酬を高尚なものと見てくださるのは大変嬉しいことです。その一方で「日本の伝統や、一般的な生活に根ざしたものも対局中に存在する」というのが将棋の良さでもあります。親近感を持っていただくという意味で――おやつ、着用する和服などにも注目してもらう。それが現代将棋の大衆的な楽しみ方であることは間違いないところです。
そうやって1人でも多くの方の目に触れるきっかけを作ったうえで「あの一手はこういうことか!」とも感じてもらう。競技として発展するうえで、おやつもまた世の中と将棋界をつなぐ大事な要素の1つなのだと思います。
だからこそぜひ、竜王戦では豊島竜王と藤井三冠の「おやつ」の一手、そして妙手の数々を存分に味わっていただければ嬉しい――と、いち棋士として思うばかりです。(構成/茂野聡士)
<豊島竜王vs藤井三冠の凄みに続く>
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