オリンピックPRESSBACK NUMBER

「戦友ですね」野中生萌(24)と野口啓代(32)を強くした“年の差でもリスペクト”のライバル関係《スポーツクライミング銀・銅メダル》 

text by

津金壱郎

津金壱郎Ichiro Tsugane

PROFILE

photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2021/08/07 20:00

「戦友ですね」野中生萌(24)と野口啓代(32)を強くした“年の差でもリスペクト”のライバル関係《スポーツクライミング銀・銅メダル》<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

スポーツクライミングで銀メダルを獲得した野中生萌(右)と銅メダルの野口啓代

 2015年のボルダリングW杯年間女王2連覇を最後に現役引退を考えていた野口は、東京五輪を競技人生の集大成の舞台にすることを決意。「4年後という長い時間を考えると不安もあった」なかで、競技への火をふたたび燃え上がらせた。

 野口が最初に取り組んだのがフィジカル強化だった。野口が女王に君臨した時代のボルダリング課題は指の保持力がモノをいったが、五輪に向けて課題の主流はコーディネーションなどの新たなムーブへと変化し、それに対応するためだった。

 振り返れば、野口の2016年から東京五輪までの6年間は、苦手を埋めることに費やされてきた。それはコロナ禍になって1年の延期が決まっても、「いまの自分にできることを、しっかりやるだけです」と変わることはなかった。すべては東京五輪で出し切るために……。

野中「リスペクトがないように感じた」

 一方、野中が本気で東京五輪に向けて動き出したのは遅く、2018年春ごろだった。1年後に五輪出場権をかけた世界選手権が控えるタイミングになった理由を、裏表のない明るい性格の野中らしくこう打ち明ける。

「1種目に打ち込んでいる選手へのリスペクトがないように感じたから」

 ボルダリングを得意とする野中にとって、スピード、リードとの総合成績で争われる東京五輪への挑戦は簡単な決断ではなかった。しかし、野中はスピードの練習に本格的に取り組みだしてみると、未知なる種目が自身のクライミング能力をさらに向上させる可能性に魅入られた。スピードをやるたびにタイムは縮まり、もともと地力の高いボルダリングでも好影響が表れた。

 ただ、そこからの野中の道のりは平坦ではなかった。2018年秋に右肩を、2019年はシーズン開幕直前に左肩を故障。それでも満身創痍の野中は常に前を向いた。

 東京五輪が延期されたことは野中に大きな変化をもたらした。故障した肩まわりに筋肉の鎧をつけることで、これまで以上のパワーという強大な武器を手に入れることになった。

野中が第一人者の野口を超えられた理由

 野口と野中が、東京五輪でメダルを獲得できるほど3種目すべてでレベルアップできたのは、得意種目が同じボルダリングだったことが大きい。年齢は8つ違うものの、お互いにリスペクトし合いながら、両者が持つ強烈な負けず嫌いをぶつけ合える信頼関係があった。野口のスピード、野中のリードという苦手種目でも、互いのレベルに追いつこうとした努力が、五輪本番の好パフォーマンスを生んだのだろう。

 五輪の舞台で野中は追いかけ続けてきた野口を超えた。野口が去った国内クライミングシーンをこれから第一人者として引っ張っていくことになる。その背中を次代のクライマーが追いかけはじめている――。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

関連記事

BACK 1 2 3
野口啓代
野中生萌
東京五輪
オリンピック・パラリンピック

他競技の前後の記事

ページトップ