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重量挙げ五輪3連覇のギリシャ人が感謝を表した日本の企業とは…絶妙にしなる「62万2000円」のバーベルの秘密
posted2021/05/30 17:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
KYODO
1896年アテネ五輪から行なわれている重量挙げは、最大のパワーを瞬間的に出力するという点で、多くのスポーツの根幹を成す競技といってもいい。現にラグビー、相撲、バスケ、サッカーと、近年多くのアスリートがトレーニングでバーベルを上げるようになった。
昔ながらの町工場が並ぶ東京・墨田区に、世界最高級のバーベルを生み出す株式会社ウエサカティー・イーがある。'64年東京五輪など、6度の五輪にバーベルを提供した老舗の傑作が「WG-156A」、税別62万2000円。
ウエサカのバーベルは、バー、もしくはシャフトと呼ばれる持ち手の棒が他社とは違う。
代表取締役の上坂忠正氏が解説する。
「重量挙げは一瞬の勝負。選手は瞬間的に力を爆発させてバーベルを上げ、頭上でつかむ。つかむ過程をキャッチと呼ぶように、選手は慣性の法則を利用して、引っ張り投げるような感覚でバーを上げているのです」
慣性を理想の形で表現するバー
重量挙げは慣性が命。ウエサカは、その慣性を理想の形で表現するバーを生み出した。
「ゴルフクラブもそうですが、瞬間的なスピードを出すには慣性による“しなり”が必要。ただし、しなりすぎるとキャッチの瞬間、バーの勢いで上半身が持っていかれるので、ある程度でしなりが収束しなければいけません。つまりバーには柔らかすぎず、硬すぎずという絶妙なバランスが要求される。オリジナルのレシピの内容は明かせませんが、弊社は特殊鋼メーカーさんと試行錯誤した結果、理想の鋼材にたどり着いたのです」
またバーベルは、選手が手首を返すのに合わせてバーだけが回転するようになっていて、ここでも慣性の制御がポイントになるという。
「バーベルを上げた勢いでバーが回りすぎると、キャッチが難しくなり、ケガにもつながるので、ある程度で回転が収まらなければなりません。バーベルには左右に回転機構という仕組みがあって、そこでも弊社は他社と異なる独自の機構を採用しているのです」
適度にしなり、適度に回るウエサカのバーベルは、世界中の名手に支持されている。そのひとりが、男子85kg級で五輪3連覇を成し遂げたピロス・ディマス。ギリシャの英雄は、あるときこう語ったという。
「自分の力だけの金メダルではない。100%の試技ができたのはウエサカのおかげなんだ」
アスリートの力と技術を完璧に表現するウエサカのバーベル。下町の工場が重量挙げを、いや、世界のスポーツを力強く支えている。