スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
早稲田ラグビー復活の立役者・相良南海夫はなぜ3年間、「与えない」と「部活動に戻す」を徹底したのか
posted2021/04/16 17:01
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Yuki Suenaga
早稲田大学ラグビー部を3年間にわたって率いた相良南海夫監督が勇退した。
2008年度以来、大学選手権優勝から遠ざかっていた早稲田だったが、相良体制になってからは対抗戦優勝1回、大学選手権では、準決勝進出、優勝、準優勝という結果を残した。
早稲田は復活したのである。ただし、望んで得た仕事ではない。早大学院時代から赤黒のジャージを着ていたから母校に対する思い入れはあるが、「突然、降ってきた話でした」と振り返る。
「ファンの方には怒られるかもしれませんが、強くしようとかそうした思いはなくて(笑)、私としては、早稲田らしさを取り戻すことだけを考えていました。2018年はちょうど創部100周年ということもあり、当初はこの年に大学選手権で優勝するのがOBたちの思いだったと思いますが、就任にあたっては100周年で勝とうとは期待しないでください、とハッキリ言いました。だから、プレッシャーはまったくなかったですね」
たしかに、早稲田は変容していた。
「オフシーズンにオックスフォードへの遠征があり、新4年生を中心にメンバーを編成しましたが――学生たちからは、大人の顔色をうかがう気配が感じられました。常に正解を与えられることを求め、失敗を恐れてチャレンジしない。早稲田には主将以下数名で構成される委員会が主体となって部を運営してきた歴史がありましたが、これも形骸化している印象を受けました。学生たちには自分たちから変わることを促しましたが、すぐにうまくいくはずもなくて」
勝利への意欲が乏しかった早稲田
最初の春は大荒れの季節となった。
2018年4月22日、日本体育大学との春季大会初戦で、22対32で敗れてしまったのである。私はたまたま、この試合を見ていた。
前半に15対20とリードされ、後半に盛り返すだろうと予測していたが、時間がなくなっていくなかで、早稲田には抵抗する意思、勝とうとする意欲が乏しかった。
正直言って、ショックだった。
そんな早稲田を見たのは数えるほどしかなかった。監督自身も驚いたと話す。