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沢村栄治の“速球伝説”を検証…なぜ打者は「胸元までホップする」「球が二段階に浮き上がる」と“錯覚”したのか 

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太田俊明

太田俊明Toshiaki Ota

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photograph byDigital Mix Company.

posted2021/03/21 17:01

沢村栄治の“速球伝説”を検証…なぜ打者は「胸元までホップする」「球が二段階に浮き上がる」と“錯覚”したのか<Number Web> photograph by Digital Mix Company.

投球練習をする沢村栄治

球をリリースする瞬間“ピシッ”と球を切る音が聞こえた

 野球データ解析サイト「ベースボールギークス」によれば、2019年を通じて、球が自然落下に比べてもっとも上昇したのはアストロズのジャスティン・バーランダーで、その数値は52.3センチ。これはメジャーリーグの平均である42センチより10センチ以上大きい。野球ボールの直径は7センチほどだから、打者が平均的なメジャーの投手の軌道を想定してバーランダーの球を振りにいくと、球はそれよりボール1個半ほど上を通過することになる。思ったよりも上にボールがある。これが、打者から見るとホップしているように見えるのである。

 では、どうすれば落下度の少ないボールが投げられるのか。それには、球速と球の縦回転数が大きな要素になる。創成期の巨人軍の一員だった苅田久徳によれば、同時代の投手のスピードがせいぜい120キロ程度だったのに対して、栄治だけはゆうに150キロを超える速球を投げていたという。それだけでも、落ちる割合ははるかに少なくなるが、それに加えて栄治の球には強烈な縦回転が加わっていたと想像できる。

 栄治が好調なとき、球をリリースする瞬間に“ピシッ”という球を切る音が聞こえたという。これはどの投手にも見られる現象ではなく、筆者が調べた範囲では、第1回日米野球で来日して“見えないボール”を投げたレフティ・グローブと対戦した早稲田の伊達が「パチッという指が球を切る音が聞こえた」と記しているだけだ。

 栄治は、右手首を内側に曲げて中指を手首にピタッとつけるようなストレッチを常日頃から欠かさなかったという。強くしなやかなスナップから、ボールに強烈な縦スピンを加えていたのだ。

 速い縦スピンのある球は、大きな揚力を得ると同時に初速と終速の差が小さくなる。つまり栄治のボールは、120キロ程度のお辞儀するボールの軌道を見慣れた打者から見ると、おそらく数十センチは浮き上がりながら伸びて加速してくるように感じただろう。

球としてはとらえられなかった“ホップする球”

 筆者は、大学生までの野球生活の中で、3回“ホップする球”を体験している。法政大学の江川卓、日本大学の佐藤義則、そして新日鉄広畑時代の藤城和明である。いずれも後にドラフト1位指名でそれぞれ巨人、阪急、巨人に入団する快速球投手だったが、江川の高めの速球は、筆者には球としてはとらえられず、ホップしながら目前をよぎる白い閃光のようだった。藤城の打席では、投げた瞬間“ワンバウンドだ”と思った球が、そこから浮き上がってきて低めのストライクになったのにはたまげて思わず打席を外したのを鮮明に覚えている。

 筆者の経験では、140キロ台のボールであれば、打者から見ると球はおじぎすることなく一直線に捕手のミットに到達しているように見える。故に、それよりも速く、かつ縦スピンが効いて大きな揚力を持ったボールは、打者の目にはホップしてくるように見えるのだ。

【続きを読む】「もし当たれば死ぬ」と打者に思わせた沢村栄治の“絶頂期”と田中将大「24勝0敗」シーズンの成績を比べたら へ

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