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沢村栄治の“速球伝説”を検証…なぜ打者は「胸元までホップする」「球が二段階に浮き上がる」と“錯覚”したのか
text by
太田俊明Toshiaki Ota
photograph byDigital Mix Company.
posted2021/03/21 17:01
投球練習をする沢村栄治
「真ん中に来たと思えば胸元までホップする」
5月1日、巨人の本拠地である洲崎球場に大阪タイガースが乗り込んできた。タイガースは、大補強に加えて、この春に敢行した甲子園球場での対沢村の猛特訓で、今度こそは、と自信を持って試合に臨んだ。
日本一の投手・沢村栄治と、常勝石本が鍛えあげたダイナマイト打線。両雄が激突したこの注目の一戦で、栄治は2度目のノーヒット・ノーランを達成した。11個の三振を奪い、四球の走者を3人出しただけで二塁も踏ませぬ完璧な投球だった。
栄治を援護する巨人打線は、先発景浦将、リリーフ若林忠志というタイガースの必勝リレーから4点をもぎとり、4対0での完勝だった。
この試合に出場したタイガースの主将・松木は、
「昨年9月のノーヒット・ノーラン時より遥かに球威があった。球が二段階に浮き上がるような錯覚を受けた。これに目標を置くと、大きく落ちるドロップが打てない」と兜を脱ぐしかなかった。
同じく7番、三塁手として出場した伊賀上良平は、
「低めのボール球だと見逃せば腰のあたりに浮き上がり、真ん中に来たと思えば胸元までホップする。球の伸びがすごかった」と、こちらも打つ手なしと脱帽している。
甲子園球場に鍵をかけての猛特訓もむなしく、タイガース打線は再び完膚なきまでの返り討ちにあったのだった。
なぜ、栄治の球がホップすると“錯覚”するのか
さて、ここで栄治の代名詞ともいえる“ホップする球”について触れてみたい。
2度目のノーヒット・ノーランをくらった試合で、タイガースの松木は「球が二段階に浮き上がるような錯覚を受けた」と語っている。松木が言うように、この現象はあくまで“錯覚”である。
現在では、自宅のテレビで簡単にメジャーリーグを代表する速球投手のボールの軌道を見ることができるが、170キロに迫る超速球を投げるヤンキースのアロルディス・チャプマンや、カージナルスのジョーダン・ヒックスの球も、浮き上がりはしない。
では、なぜ多くの打者が、栄治の球がホップすると錯覚するのか――。現在では、球速や球の回転数を正確に測れるトラッキングシステムがあるので、数字で球質を客観的に分析することが可能になった。
どんな剛速球投手が投げても、球は重力によって確実に落下する。が、その落下率には投手によって大きな差がある。メジャーリーグでは“球が重力によって自然に落下する場合と比較して、球に加えられた揚力によって何センチ上にいくか”を数値化している。