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藤井聡太二冠との対局は「ノーチャンス」… 中村太地七段が感じた「渡辺名人、羽生先生と似た」懐の深さとは
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byKyodo News/Nanae Suzuki
posted2021/03/15 17:16
藤井聡太二冠と対局した中村太地七段。対局で感じた印象が興味深い(それぞれ2020年撮影。藤井二冠は代表撮影)
頭を悩ませた藤井二冠の“一手”とは
ここまでは心理面を中心にお話ししてきましたが、対局中に頭を悩ませたのは藤井二冠の47手目「▲5五銀」でした。「5五」というのは将棋盤を見ていただければ分かるかと思いますが、盤面の中心で、つまり盤面全体を制圧しうる銀です。
先ほど説明した通り、私としては飛車が狙われているので、かいくぐりながら対応するという感じになりました。それが私の50手目の「△1五角」につながるのですが、うまく盤面全体を使って受け止められてしまったかな、と。
感覚的には持ち駒が豊富ですし、様々な技がかけられそうな局面で、こちらの方に手番(※攻めの権利を握った状態)が回ってきた瞬間もありました。そこでなにか技を繰り出せるのでは、と対局中から思ってはいたのですが、その有効な手を発見できませんでした。
感想戦で振り返っても、思わしい手がなかった
加えて、感想戦で振り返って検証してみても――どうやら私の方に思わしい手はなかったようなのです。
藤井二冠も"対局中は自信がなかった"という風におっしゃってはいたんですけれども、何度振り返ってみても、こちら側にチャンスはなかったのです。そこに、藤井二冠の懐の深さを感じました。
実はこの感覚、非常に強い棋士と指す際の「あるある」なのです。
なんとなくこちらがいけそうな気がするけど、対局中それが発見できず、もどかしい思いで局面が過ぎていく。そして感想戦で「何かもっといい手があるのでは」と検証しても、意外と何もないというパターンは結構あるんですよね。
そういった時、負けた側としてはかなりつらいものがあります。いい手が見つからないことだけでなく、そもそも「何かありそう」と見えた感覚すら間違いだったのかもしれない……と、幾重にも苦しいものです。