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大変だった春季キャンプ、“14度目”の中田翔が「今年は本当にきつかったわ」と漏らした理由【広報は見た】 

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高山通史

高山通史Michifumi Takayama

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posted2021/03/04 11:01

大変だった春季キャンプ、“14度目”の中田翔が「今年は本当にきつかったわ」と漏らした理由【広報は見た】<Number Web> photograph by Kyodo News

練習試合で本塁打を放った中田をグータッチで迎える栗山監督。日本ハムは1日、沖縄・名護で行った春季キャンプを打ち上げた

マスク跡が残る日焼け顔、自炊でしのいだ記者たち

 そんな異様な閉ざされた無観客キャンプを、目にすることができたのはファイターズをカバーする限られたメディアだけだった。NPBのガイドラインをベースに感染拡大予防の観点から、各球団独自で条件設定をした。要望があった報道陣もすべて受け入れることはできず、各種要件を設けて、取材の可否を判断せざるを得なかった。それでも最低でも1週間に一度はPCR検査を受検してもらい陰性証明書を取得、毎日の検温、行動記録票の提出義務など複雑な規定に対処してもらった。

 球場内の記者室など諸室を含め、トイレなどすべて立ち入り禁止。観客席など屋外を拠点とした取材になった。グラウンド・レベルも、練習試合など実戦以外は原則、入場は制限した。荒天の日に風雨をしのぐ手段がないなど劣悪ではあったが、取材環境を提供するだけで精一杯だった。

 対面取材もマスク着用をお願いしており、マスクの跡がくっきりと残った日焼けした顔を見ると、心が痛かった。名護市内の飲食店の多くが時短営業をしている影響で業務が終わるころには、夕食にありつくのも大変だったと聞く。ウィークリーマンションで自炊するなどして、しのいだという。そんな状況でも懸命に、チームの動向を発信し続けてもらったのである。

 チームに関わる全員で闘い、1カ月を過ごした。陳腐な表現ではあるが、春季キャンプに携わったみんなが大変だった。

北の大地に戻って見た雪

 ちょうど1年前である。耳慣れない「新型コロナウイルス」というワードに直面し、その後、現実として世界中、日本中が向き合っていくことになった。それに比べれば、小さなカテゴリーではあるが、プロ野球界も同じだった。

 開幕が約3カ月遅れ、自主練習期間も過ごした。すべての球界スケジュールが一度は白紙状態となり、新型コロナウイルスに飲み込まれた。

 あれから時を経て、春季キャンプに限ればファイターズも含めて全球団、予定通りに完遂した。3月26日のプロ野球開幕を、無事に迎えられそうな兆しがある。

 3月1日。那覇空港から羽田空港を経由して、新千歳空港へと降り立った。北の大地には、雪が深々と降っていた。選手たちの多くは、窓からキャンプ地とは一変した風景を眺めていた。凛とした覚悟を感じた。

 1カ月を乗り切って得ることができた、例年とは違う強い和と絆――。

 北海道の球春到来を実感する残寒と、融合していたのである。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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