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“真空飛び膝蹴り”沢村忠はリアルに弱かったのか? 全241戦「フェイク試合だった」疑惑を検証する
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph bySankei Shimbun
posted2020/12/30 17:06
キックを繰り出す沢村忠(1970年代、後楽園ホールで)
「人間風車」と称され、欧州発祥のキャッチレスリング(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)を体得した往年の実力派レスラー、ビル・ロビンソンが生前「ジャパニーズ シュートレスラー」と筆者の前で称賛していたのが、“神様”カール・ゴッチ門下の惣領弟子とも呼ぶべきヒロ・マツダだった。マツダが「シュート」を磨いた理由は、極めて政治的な事情による。
「ヒロ・マツダっていう人は、日本人として単身、アメリカ南部に武者修行に行った人でしょう。そこでヒール(悪役)を要求された他の日本人レスラーと違って、ベビー・フェイス(正義の味方)として活躍して、なおかつNWA世界ジュニアのチャンピオンになった。これってね、よっぽど人格者でなかったら無理だったと思うし、その上、よっぽど強くなかったらありえへんねん。
というのもね、向こうのアメリカ人レスラーは日本人なんか舐め腐ってるわけ。南部は特に反日感情が強いしね。カタいやつ(※打撃や絞め)を入れて来たり、寝技で極めようとしてきたり……。そういうのって強くなければやられっぱなしになってしまうわけよ。そうなると、思い通りの試合ができない。客にもプロモーターにも『こいつ、ほんまにチャンピオンか』ってなる。
でも、強ければきっちり撃退できるし、相手を黙らせて、自分のやりたい試合に持っていける。プロレスってそういう特殊なジャンルだからね。つまり、弱かったらトップを張るなんて無理なんだよね」
筆者にそう教えてくれたのは、以前、テレビ番組の収録で度々顔を合わせていた前田日明である。同じゴッチ門下生となる彼の回答は、本番前の他愛もない雑談の中で教示されたものだった。
ほとんどが素人のタイ人の大学生だった?
上の証言を事実と断じて検証するならば、沢村忠が日々の鍛錬を怠らなかったのも大いに理解できる。本書でも明記したように、対戦相手のタイ人の中には、負け役として相対しながら偶然を装って鋭いパンチを撃ち込んできたり、カウンターでテンカオ(ヒザ)を腹に突き刺すなど、“本物の攻撃”を仕掛けてくる選手は後を絶たなかったからだ。
「いや、沢村と戦ったタイ人は、ほとんどが素人のタイ人の大学生だったから、そんなことはあるはずがない」という声が聞かれなかったわけでもない。
しかし、当時、野口プロモーションに関係した人物の多くは、フェイクにおいては否定せずとも、「素人」の件には、そのほとんどが口を揃えて真っ向から否定した。