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ヒルマン「なぜ山井を代えるんだ…?」 13年前、あの“消えた完全試合”を敗者・日ハムはどう見ていた?
posted2020/12/07 17:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
BUNGEISHUNJU
8回裏、ナゴヤドームは奇妙な静けさに包まれていた。中日が攻撃しているというのに、人々の関心は次のイニング、つまり日本ハムの最後の攻撃に向けられているようだった。それは日本シリーズ史上初の完全試合を待ち望む空気であった。
日本ハムの金子誠はショートを守りながら、相手のベンチに目をやった。視線の先には次の回に向けてキャッチボールをする中日の先発投手、山井大介がいた。日本ハムはこの29歳の右腕に対して、まだひとりのランナーも出すことができずにいた。
《山井投手はキレッキレでした。スライダーが右打者の顔の前から外角いっぱいに落ちていく。6回くらいから、まずいぞ……という空気はベンチにありました》
シリーズの戦績はここまで1勝3敗、この第5戦に負ければ敗北が決まる。残されたのは9回表の1イニングのみ。あらゆる意味で、日本ハムには、もう後がなかった。
ただ、金子には最後に何かを起こせるのではないか、という予感があった。
《あの年のチームは僅差の試合はほとんど勝っていました。最少失点で守っているうちに相手が痺れを切らす。そこを最後に捕まえる。そういう勝負どころを嗅ぎ分けられる選手ばかり揃っていましたから》
日本ハムは2回に1点を先制されたものの、先発のダルビッシュ有を中心に追加点を許さなかった。やがて薄氷のリードは相手への重圧になる。そこに付け入って最後には勝負をひっくり返す。まるで最終回にセットされた時限式の爆弾のように。2007年の日本ハムはそうやってパ・リーグを制してきた。その強さは、監督と選手が互いの垣根を越えて、ぶつかり合った末に手にしたものであった。
「なんで俺を使わないんですか?」
球団が北海道に本拠地を移す直前の2003年、トレイ・ヒルマンが監督に就任した。ニューヨーク・ヤンキースのマイナーで「ベスト監督」と評されたこのアメリカ人指揮官と、何度もぶつかったのが金子だった。就任当初、メジャー式に練習時間を短くしたヒルマンに反論した。
「日本人選手は長い時間練習することで体力も、戦う気持ちも養っていくんです。僕らの遺伝子を理解してほしい」