熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
筆者は現場にいた! マラドーナ“神の手&5人抜き”の4分間と、スタンドに漂った“奇妙な空気”とは
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byGetty Images
posted2020/12/03 06:00
イングランド戦で5人抜きゴールを決めたマラドーナ。“伝説”を目の当たりにした観客にも様々な感情が渦巻いた
彼らは、世の中にはルールがあるのを認めた上で、それを杓子定規に守るだけでなく、便法なり機転で切り抜けようとすることが多い。そして、そのことを必ずしも不義とは考えない。
ブラジルでも“非はレフリーにあるのだ”と
これはフットボールでも同様だ。
頭では届かないとみて咄嗟に、こっそり手を出し、しかも頭を振ってあたかもヘディングをしたかのように振る舞ったマラドーナの類まれな演技力を称え、非はトリックを見抜けなかった審判にあると考える者が多い。それは、アルゼンチンの宿敵ブラジルにおいても同様だ。
1986年当時、マラドーナはまだ私生活上の問題は起こしていなかった。「神の手ゴール」は、後に薬物とアルコール依存、過食、女性をめぐるトラブルなど数々の問題を起こした彼のダークサイドの萌芽とみなすことができるかもしれない。
ただ、「5人抜きゴール」はフェアプレーを重んじるイングランド相手だったからこそ実現したとも考えられる。もし対戦相手がウルグアイ、ブラジル、イタリアなどだったら、マラドーナが中盤で2人をかわしたところでファウルで止めていたはずだ。
南米からの視点で言えば――イングランドは、マラドーナのトリックとそれを見抜けなかった審判のミス、そして自らのフェアプレーによって敗退したのである。
これほど人間臭い男はいなかった
ともあれ、1986年のマラドーナは「神の手」ならずとも神がかっていた。地球上の最高の選手たちがW杯に出場していたのだとしたら――その水準をはるかに凌駕するプレーを連発した彼は、別の惑星から来ているとしか思えなかった。優勝したのはアルゼンチンだが、もしマラドーナがいたら優勝していたと思えるチームは他にいくつもあっただけに、だ。
イングランド戦の2つのゴールは、その後のマラドーナのキャリアと人生における明と暗を予言していたのかもしれない。
選手としては人間離れしていたが、その反面、弱さや欠点を含めて、これほど人間臭い男はいなかった。そして、そのすべてが(イングランドを除く)世界中の人々から愛されたフットボーラーだった。
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