熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
筆者は現場にいた! マラドーナ“神の手&5人抜き”の4分間と、スタンドに漂った“奇妙な空気”とは
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byGetty Images
posted2020/12/03 06:00
イングランド戦で5人抜きゴールを決めたマラドーナ。“伝説”を目の当たりにした観客にも様々な感情が渦巻いた
スタンドは大騒ぎになった。アルゼンチン人たちが一斉に飛び上がり、絶叫しながら抱き合っている。
マラドーナは右コーナーフラッグの方へ向かって走り、高々とジャンプして喜びを爆発させた。イングランドの選手は、ある者はピッチに座り込み、ある者は腰に手を置いて呆然としていた。
キックオフ後に漂った奇妙な空気
イングランドのキックオフで、試合が再開された。しかし、スタンドには奇妙な空気が流れていた。皆が「とんでもないものを見た」という思いで、気持ちが落ち着かなかったのだ。そんな状態が10分以上も続いた。
2点差を挽回しようと、イングランドはアタッカーを次々に投入する。
後半36分、左サイドを突破したFWジョン・バーンズからのクロスをCFガリー・リネカーが頭で決めた。その後も懸命に攻めたが、アルゼンチンは巧みに時間を使う。そのまま2-1で逃げ切って準決勝へ勝ち上がった。
アルゼンチン選手は、抱き合って喜びを爆発させる。アルゼンチンのサポーターも狂喜し、悄然とするイングランドの選手とサポーターに罵声を浴びせた。
最も醜いゴールと最も美しいゴール
マラドーナは、史上最も醜いゴールと最も美しいゴールを創造した。それも、わずか4分の間に。
試合後、1点目について聞かれたマラドーナは「少しは僕の頭で、少しは神様の手で決めた」と巧妙にはぐらかした。以来、このゴールは「神の手ゴール」と呼ばれるようになった。
その後、アルゼンチンは準決勝でベルギーを2ー0、決勝で西ドイツを3-2で下し、8年ぶり3度目の優勝を遂げる。いずれの試合でも、マラドーナは決定的な役割を演じた。こうして、1986年W杯は「マラドーナの大会」として記憶されることになった。
イングランド戦の2点目は世界中のファンから賞賛を浴びたが、1点目は大変な物議を醸した。
イングランド人は「イカサマ」と呼び、さらに明らかな不正行為をしておきながら神の名を出して悪びれないマラドーナを糾弾した。ヨーロッパ人の多くも、ほぼ同様の見解だろう。
一方、中南米の人々の見方は少々異なる。