熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
筆者は現場にいた! マラドーナ“神の手&5人抜き”の4分間と、スタンドに漂った“奇妙な空気”とは
posted2020/12/03 06:00
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph by
Getty Images
1986年6月22日。壮麗なアステカ・スタジアムには、通常の試合とは異質の緊張感が漂っていた。
ワールドカップ(W杯)メキシコ大会の準々決勝アルゼンチン対イングランド戦。4年前に勃発したアルゼンチン南部の小さな諸島の領有権を巡る紛争(イングランド側の呼称は「フォークランド戦争」、アルゼンチン側のそれは「マルビナス戦争」)の主要当事国どうしによる、戦後初めての対戦だった。
相手の死者の約2倍半にあたる649人の犠牲者を出して3カ月足らずでの降伏を余儀なくされたアルゼンチン人のイングランドへの憎悪はすさまじく、スタジアム周辺やスタンドのあちこちで小競り合いが勃発。警備する治安部隊が神経を尖らせていた。
当時30歳だった僕は、本来は留学用に蓄えた金を“流用”してW杯を観戦中で、メキシコシティを拠点としながら地方の試合にも出かけていた。
前日はフランスvsブラジルの激闘だった
その前日は中西部グアダラハラで「W杯史上、最も美しい試合」とされる準々決勝フランス対ブラジル戦を目撃。夜行バスで首都へ舞い戻ったところだった。
ミッシェル・プラティニ、ジーコらの妙技を目の当たりにした興奮で、バスの中ではほとんど眠れなかった。しかし「これからまたすごい試合が見られそうだ」と思うと、疲れなど微塵も感じなかった。
5階席まである巨大なスタジアムは、11万人を超える大観衆で埋まっていた。僕の席は、メインスタンドから見て左側のゴール裏。前半はイングランドが、後半はアルゼンチンが攻めるサイドだった。
アルゼンチン選手は、皆、ボールタッチが柔らかい。常にフェイントをかけてマーカーの逆を取り、カーブキックやヒールパスなどテクニカルなプレーを繰り出してイングランド・ゴールに迫る。
名手揃いの中でも、マラドーナは別格だった。