熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
筆者は現場にいた! マラドーナ“神の手&5人抜き”の4分間と、スタンドに漂った“奇妙な空気”とは
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byGetty Images
posted2020/12/03 06:00
イングランド戦で5人抜きゴールを決めたマラドーナ。“伝説”を目の当たりにした観客にも様々な感情が渦巻いた
2人の身長は165cmと183cm。18cmの差があり、しかもシルトンは手を使える。理屈で考えると、空中戦でマラドーナがシルトンに勝てるはずがない。マラドーナの頭の横に、左手が添えられていたようでもあった。しかし、25歳のマラドーナは全身がゴムまりのようで、驚くべきジャンプ力を備えていたのも確かだった。
今の時代ならVARですぐ取り消しだろうが
今日、この場面の動画を色々な角度から見れば、ハンドだったことは容易にわかる。仮に主審が判断を誤ったとしても、今ならVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)からの指摘でゴールを取り消すはずだ。しかし、当時はVARなどなく、審判の判定がすべてだった。
主審がいた位置からは、僕と同様に2人が重なって見えたのだろう。であれば、副審が判断を下すべきだった。しかし、副審はゴールを認め、主審もそれを受け入れた。こうして、W杯史上最もスキャンダラスなゴールでアルゼンチンが先制した。
「大変なことが起きるかもしれない」
ところがその4分後――同じ背番号10が、今度はW杯史上、さらには世界フットボール史上最高のゴールを創り出す。
イングランドの攻撃をアルゼンチンが自陣で食い止め、MFエクトール・エンリケがセンターサークル右横にいたマラドーナにボールを渡す。このとき2人のイングランド選手が彼を見張っていたのだが、最初のタッチでFWピーター・ベアズリーを、ボールを引いてMFピーター・リードをかわす。そして、おもむろに数m先にボールを置くと、あの魔法のようなドリブルを始めた。
「これは、何か大変なことが起きるかもしれない」
スタンドの観衆が、一斉に立ち上がった。
マラドーナは、CBテリー・ブッチャーを右へ抜くと見せかけて左へ外し、CBテリー・フェンウィックを左へ抜くと見せて右へ外す。そして、飛び出してきたGKシルトンも右へ外すと、追走してきたブッチャーから右足にタックルされてバランスを崩しながら、左足でボールをゴールへ流し込んだ。
「うああ、これはすごい。本当に大変なことが起きた」