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「豊島竜王と羽生九段の竜王戦で…」AI評価値の“逆転劇”とタイトル経験棋士が感じる“実際の差”
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byKyodo News
posted2020/11/22 17:01
竜王戦第3局は最終盤まで見逃せない対局の末、豊島将之竜王が羽生善治九段に勝利した(代表撮影)
ただ秒読みの1分将棋という短時間で発見するのは至難の業。持ち時間が数十分あったとすれば発見できるかもしれないですが――あの対局で“勝ちを逃した”と言われるのは正直なところ酷だなというのはあります。
展開的にも豊島竜王の方が攻めていて、羽生九段の方が受けている状況でした。羽生九段の立場から見ると、薄い玉のままで攻めを受け止めれば勝ちだったのですが、豊島竜王が絶妙のプレッシャーをかけていたのです。
付かず離れずの距離感で追い詰めすぎず、微妙な間合いを取る。受け止める側としては自分の玉周辺で戦いが起きているので、一手も間違えられない。そういった駆け引きが繰り広げられているのです。
サッカーの自陣でのボール回しのように
スポーツで喩えるならば……ここ近年のサッカーでは、ゴールキーパーから丁寧にパスを繋ぐチームが増えていると感じます。自陣付近でボールをしっかり回しきれれば、相手のマークを外して攻めに打って出られますが、そこでミスなどが起きて取られると一気に決定機を許すことになりますよね。
ピッチ内でも攻守とも高い技術の中で駆け引きをしていると想像できますが、そこでの1つのミスが大きくピックアップされてしまう。竜王戦第3局で起きたことは、それと少し似ているのかもしれません。
佐藤天彦九段が言っていた「価値観」の話
そこは評価値とともに、私たち棋士が人間的な機微を解説していければと思います。考えられないような見落としがあって負けたというわけでなく、各先生ともに“どの手も気持ちはわかる”という指し手を続けた結果、結果的に逆転劇になった。そう感じています。
Numberの将棋特集で対談させてもらった(佐藤)天彦九段が「2人が築き上げた世界において、価値観を転覆しろと言われているようなもの」とおっしゃっていたのが強く印象に残ります。
究極を言えば、一手ずつ価値観を「前後際断」してやっていかないといけない――とは思います。ただし人間として最大限上手くやるためには、大局観というものや感覚、集中力をもって判断していかないといけない。全部しらみつぶしで考えるわけにはいかないからこそ、自分の感覚で切り捨てていく決断も必要なのかなと感じます。
時間制限であったり色々な制約がある中、そこに正解手が入っているはず、という考え方で日々向き合っています。そのためにどうやって集中していくか、ですか? それについても後編で経験談を語れればと思います。(構成/茂野聡士)
(後編も読む。関連記事『藤井聡太二冠や将棋棋士の「全集中」って、どんな状態なの? 中村太地七段が挙げる“注目の仕草”とは』よりご覧ください)
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。