ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
【ドラフト裏話】日本ハム史上初、北海道出身1位・伊藤大海が獲れてもスカウトが“はしゃがなかった”ワケ
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph byKyodo News
posted2020/10/29 17:03
ドラフト翌日の27日、白井康勝担当スカウト(左)は大渕隆スカウト部長とともに1位指名した伊藤大海をたずねた
熱心なメモ、練習に打ち込む姿勢
あるシーンが、1つの推薦材料になったという。リーグ戦期間中、伊藤投手が次に対戦する相手をスタンドから偵察している姿が目に留まった。
「黙々と、熱心に見ていた。自分でノートにメモをしながら、しっかりとチェックしていました。練習を含めてすべてにルーティンがありますし、何よりも黙々と1人で取り組む。自分がやるべきことを、自分でできる選手。これは、間違いないと。人間性も素晴らしくて、1位に値する選手だと思いました」
丹念にスカウティング・レポートを更新していった。勝負をかける今年へと、備えてきたのである。
全身全霊を注ぎ込んだ佐々木朗希
1年前のことになる。2019年ドラフト会議、白井スカウトは落胆していた。
ファイターズが1位で入札したのは当時、大船渡高校3年生の佐々木朗希投手だった。4球団が競合したが、交渉権は千葉ロッテマリーンズへ。担当スカウトだった。大器だと見初めて高校3年間、全身全霊を注ぎ込んでいた。
「かなり引きずりました。『追いかけて、追いかけて……』でしたから。なかなか、気持ちを切り替えることができませんでした」
その前年には「外れ1位」だったが、吉田輝星投手の指名に成功。スカウトとして初めて、担当エリアから1位指名選手に恵まれた。「ほかの球団が指名してこないように」。ドラフト会議で入札がコールされてからは、テーブルの下で両拳を握り締めて、念じた。交渉権確定の瞬間を、じっと待った。周囲のスカウトから祝福され、握手を求められた時には、両手は汗でじっとりと濡れていたという。
ドラフト会議は指名順位に関わらず球団の次代を担う、その年の逸材を発掘する。各スカウトに、重責は託されるのである。1年間のスカウト個人の成否は、指名の流れ、フロントの方針など、さまざまな因子に左右される。1年間の中で、その1日、わずか数時間で決まるのである。