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「一言もJを目指すとは言っていない」いわきFC 震災と台風被害を乗り越えての目的地とは
text by
川端康生Yasuo Kawabata
photograph byYasuo Kawabata
posted2020/10/23 11:00
昨年、JFL昇格を決めた際に大喜びする、いわきFCイレブン。とんとん拍子でJリーグ入りなるか
「目指すのはJリーグではなく……」
では何を目指すのか。これはクラブのビジョンとして明快に宣言されている。
スポーツを通じて新たな価値を創造し、人づくり、街づくりに寄与する。
そして<いわき市を東北一の都市にする>。
「震災から始まった物語です」
そう話しながら、クラブの歩みを映像で振り返った大倉は、こう続けた。
「Jリーグのクラブは、チームのために(運営)会社がある。我々は会社のビジョンがあって、その実現のためにチームがある」
ご存じの通り、大倉は元Jリーグの選手である。引退後は湘南の強化部長も務めた。当然、勝利への執着も人一倍強い。しかし、勝ちたいという思いと、会社としてのビジョンは別。だからこそ「目指すのはJリーグではなく、東北一の都市」と言い切るのだ。
クラブを支えるスポンサーは約250社
ちなみに、ドーム社の手厚い支援でグランドやクラブハウスといったハード面を整備し、日本のスポーツ界の変革に挑んだスタートアップの時期は終わり、いわきFCはすでに次のフェーズに入ろうとしている。
クラブを支えるスポンサーは約250社。その多くは地元企業で、行政とも協力して新たなスキームでの収入源を生み出すなど、地域との共闘のニュアンスが強くなってきているのだ。
その意味では、今季からホームタウンに双葉郡の広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村を加えたことで、彼らのミッションはより鮮明になったと言える。
言うまでもなく原発事故の爪痕が深い地域であり、一方で新産業の集積地として今後の成長が期待されるエリアでもある。
復興から成長へ、そして……という物語をホームタウンと共に進んでいくということだ。
<第2章のはじまり>。そんなとば口に、いまいわきFCは立っている。
声援を自粛した1424人の観客たち
最後のシュートがバーを越え、ソニー仙台に敗れた後、天を仰いだ選手たちの中には涙を浮かべる者もいた。
勝てそうで勝てなかった悔しさと、決められそうなシュートを外したやるせなさ。そんな思いが目からこぼれ落ちたのだろう。
声援を自粛しながら観戦していたサポーターたちもどこかもどかしそうだった。
この日の観客は1424人。<2000人>には届いていないが、JFLではもちろん断トツ。それどころか同じ週末に開催されたJ3で、いわきグリーンフィールド以上の観客を集めた試合は5試合(9試合中)。なかには3ケタの観客数が3試合もあって、そもそも昇格要件の<2000人超>という設定に首を傾げたくなる。
これは以前から何度か書いているが、目指すクラブに厳しい条件を課すより、所属クラブに改善を指導する方が先なのではないかと、いつものように感じる数字だった。
いわきFCは県2部リーグの初陣からまだ5年目。それでもファンクラブ会員は3000人いる。地元メディアでの露出は多く、市内のあちこちにクラブのフラッグがはためく。クラブの歩みはヒストリーと呼ぶにはまだ少し短いが、その存在感は「1424人」よりずっと大きい。
何より、当時16歳だったJFAアカデミーの平澤少年がそうであるように、いわきFCに関わる多くの人にはあの日の記憶があり、あの日から9年7カ月分の物語がある。