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【独占】「複雑なのさ、天才は」 マラドーナの5人抜きゴールをリネカーはどう見ていた?
text by
フィリップ・オクレールPhilippe Auclair
photograph byGetty Images
posted2020/10/19 11:01
約35年の時を経ても、燦然と輝くマラドーナの5人抜きゴール。リネカーの目にはどう映っていた?
拍手を送るべきなんじゃないかと思ったんだ
――ハーフウェーラインの少し手前から始まったマラドーナのあのドリブルを、ピッチでどんな心境で眺めていたかは覚えている?
L:味方のDFを次から次へと抜き去る彼の姿を見ながら、自分がどう思っていたかまでは覚えていない。だけど最終的にネットを揺らされた瞬間、どんな思いが頭をよぎったかはよく覚えている。拍手を送るべきなんじゃないかと思ったんだ。嘘なんかじゃない。
相手チームの得点に拍手しようなんて、そんなことを考えたのはキャリアの中で後にも先にもあの時だけ。でも、とにかく素直にそう感じたんだ。もちろん、実際にはしなかったさ。そんなことをしたら、帰国後のイングランドで死刑宣告が待ち受けていたような気がする(苦笑)。
失点して気分がいいはずはないし、2-0とリードを広げられた点でもあった。けれども、あのゴールを決められた瞬間だけは「オー・マイ・ゴッド! こりゃ凄いものを見ちまったな!?」と思わずにはいられなかったよ。
ディエゴは愉快で、憎めない奴と思えた
――ただし、「マラドーナとの遭遇」で驚かされたのは、あのピッチが最初で最後というわけではなかったよね?
L:そうそう、本人と一緒に、じっくりあの試合を振り返る機会があったんだ。テレビのドキュメンタリー番組で取材をすることになってね(2006年BBC放送の“When Lineker Met Maradona”)。全部で3日間、ディエゴと一緒に過ごさせてもらった。アルゼンチンに彼を訪ねて、彼の自宅の庭でのバーベキュー・パーティーにも招待してもらって。それに彼がプレーするファイブ・ア・サイド(5対5のミニゲーム)の試合にもついて行ったな。
スタンドで一緒に試合も観た。あれはボカ・ジュニオルスの試合だったんだけど、本当に信じられない体験だった。どうしたら、あんな日常を私生活として送ることができるのか、自分の理解を超えた世界だった。だって彼の周りには四六時中人が群がっていて、何かを急かされたり、しつこく追いかけられたり、サインやら何やらをねだられたりし続ける。
アルゼンチンの人々は彼を敬愛して、崇め奉っている。限りなく神様に近い存在なんだと思えたよ。そんな人物と、僕は長々と、あの試合について話をする時間を持ったわけさ。正直、話し相手としてのディエゴは愉快で、憎めない奴と思えた。“神の手”も握らせてもらったよ。当然、かなりの力を込めてね(笑)。