パラリンピックPRESSBACK NUMBER
国枝慎吾のバックハンドに興奮した、
「ウィンブルドンの違和感」の正体。
text by
吉村もとMoto Yoshimura
photograph byMoto Yoshimura
posted2020/06/28 08:00
バックハンドとチェアワークを武器に世界トップ選手として戦う国枝慎吾。
エレベーターで閃いたスイング。
国枝のバックハンドに“違和感”を感じたウィンブルドンから半年後、新たに契約を結んだラケットメーカーでの取材にカメラマンとして同行した。その時に国枝は、肘の痛みを軽減させるためにバックハンドを新しいフォームにしている、と説明してくれた。
高めのボールを狙って打ち込める攻撃的なバックハンドを手に入れるために、トップ選手たちのバックハンドを研究し、「それまで手打ち気味だったスイングを、手首をフラットにしてラケット面を地面に対して平行にした。手首を反らさず、肘をあげて角度をつけた。一気に大幅に変えるわけではなく、一歩下がって二歩進むような改造をした」という。
なるほど、違和感はこれだったのか、と腑に落ちた。
そして、「初戦敗退した2017年の全米から帰国して、自宅マンションのエレベーターに乗っている時に、そこの鏡でシャドースイングをした。そしたら閃いて、急激にいま改善しているスイングの意味がわかった気がした。翌日コートで打ってみたら、面白いように入ってね」と笑っていた。
新バックハンドは、エレベーターで誕生したのだ。
そして数カ月後、2018年1月の全豪オープンで優勝し、国枝の快進撃が始まる。2019年は自身のキャリア最多勝利を納め、2020年1月、国枝はITF世界ランキング1位に返り咲いた。
国枝を撮る海外のベテラン選手。
話は戻るが、「他の選手の研究をした」という言葉から思い出したことがある。
トップ選手が集まるJAPAN OPENで木陰に隠れながら、海外のベテラン選手が国枝の練習を携帯で録画していたのだ。車いすテニスは、それまで不可能とされていたことをトップ選手が覆し、進化させてきた。
国枝選手のバックハンド、フランス選手のパワーサーブ、アルゼンチン選手の半端ない強打。
トップ選手が互いの良さを研究して新たな境地を切り開き、観客を魅了することで車いすテニスそのものの「スポーツとしての価値」を上げてきた。国枝が他の選手に与えた影響は計り知れない。