“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
「逆にすごいな!」中村憲剛も驚く、
川崎内定ボランチ橘田健人の感覚。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2020/06/19 11:00
来季の川崎加入が決まった桐蔭横浜大4年・橘田健人(168cm/65kg)。
「俺の名前を覚えてくれているんだ」
だが、すでに川崎にとって彼は魅力的な選手に映っていたのだろう。彼をずっと見続けてきた向島建スカウトはこう明かす。
「練習に入ってもミスが少ないんです。特にポゼッションの練習では前からこのチームにいたのかと思うくらい違和感なくプレーする。1年時は線が細い印象だったのですが、3年になるとガッチリとした身体になって、ボール奪取も格段にうまくなった。『うちにフィットする選手だな』と注目していて、インカレで確信に変わりました」
そんな評価を露知らず、川崎の練習に参加していたある日のこと。橘田にとって驚きの出来事があった。 「昨年の夏前、しばらくフロンターレの練習に参加していない時期があったんですよ。久しぶりに麻生グラウンドに行ったら中村憲剛選手が笑顔で寄ってきて、『おう、橘田! 久しぶり』って声をかけてくれたんです。『俺の名前を覚えてくれているんだ』とめちゃくちゃ嬉しかったんです」
この時点で中村は彼のポテンシャルを見抜いていたのかもしれない。実はこの練習参加も向島スカウトが「最近来ていないので参加させてほしい」と安武監督にリクエストしたものであった。
自分のプレーを淡々と語る橘田。
「プレーする時、まずボールを奪いに来る選手を見て、(自分が)ボールを受けた時に食いついてきたら『相手がこっち来たから、あっち行こう』とドリブルをします。もし食いついて来なかったら、サイドチェンジ、スルーパス、縦パス、もしくは繋ぐパスに切り替えます。
ドリブルに固執しているわけではなくて、自分の感覚で『抜ける』、『ドリブルで運べる』と思った時しか仕掛けません。常に相手の立ち位置や(ボールを)取りに来る姿勢、狙いを見ているので、ボールを受けた瞬間に感覚で分かるんです。その感覚に忠実に従いながら判断を積み重ねています」
彼のプレーは相手の間合いに入っているか、入っていないかで判断を変えている。ドリブラーというと、自分の間合いを作りながら相手の間合いに入っていくものだが、彼は相手の間合いに飛び込んでそのリアクションを見て、そこからアクションを選択し、実行できる能力を持ち合わせている。それは確かな足元の技術とアジリティーを備え、上半身と股関節の可動域が広くないとできないスペシャルな技である。
さらに相手の間合いに入っていないと判断すればシンプルにパスに切り替えられるのだから、相手からすればかなり捕まえづらい。
橘田は自らのプレーをさらっと説明する。だが、すでに自分が次元の高いレベルにいることを、本人が一番気付いていない印象だった。
「まだ他の選手と比べると周りが見えていないし、フロンターレが求めるレベルの選手にはなっていないと思います。でも、他の選手とタイプは違うのかなと思うところもあります。たとえば三笘薫選手のドリブルは相手に向かってグッとスピードを上げて仕掛けていく。僕は三笘選手のようなスピードもないので、相手の奪う動きを利用してドリブルを仕掛ける。僕は味方のパスがズレた時や、僕のトラップがズレたときこそ『抜ける』と感じるんです。
僕は守備の時、相手が自分の置きたい場所に完璧なトラップをしたら無闇にボールを奪いにいかない。ズレた時に奪いにいく。相手もその感覚が持っていて、(トラップが)ズレた時の方が(相手が)チャンスだと思ってボールを奪いに来てくれるので、その心理を逆手にとれる。相手が足を出した瞬間にセカンドタッチを素早くして、自分が置きたい場所にボールを置きます。セカンドタッチの速さは自分の得意とするところでもあります」
感覚を言葉にし始めたことで、徐々に「不思議のベール」が剥がれてきた。こうやって自分の能力を把握するきっかけとなったのは、川崎のレジェンド・中村憲剛の存在が大きい。橘田がずっと磨いてきた独特の感性に大きなポテンシャルを見出していたのが、他ならぬ中村だったのだ。