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トルシエが語る「日本人のメンタル」。
中田と本田の同じ部分、違う部分。
posted2020/06/16 08:00
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph by
Kazuaki Nishiyama
今回は「781号 メンタル・バイブル」(2011年6月23日発売)に掲載された「トゥルシエが見た、日本人のメンタル論」。日韓W杯で日本代表の采配をとり、日本サッカーを大きく変えた彼は、日本人のメンタルを深く観察した指揮官でもあった。
メンタルというのは、誰かにこうだと与えられるものではない。自分たちの感じる気持ちの強さや弱さ、それがメンタルだ。またメンタルは、周囲の環境と無関係には語れない。
私が日本代表監督を務めた当時('98~'02年)から今日までに、日本人のメンタルは大きく変わった。
なぜ変わったのか?
それは、日本そのものが変わったからだ。Jリーグ創設を機に、日本サッカーは大きな躍進を遂げた。ピッチの上だけに限らず、日本人はサッカーを取り巻く環境を変え、自分たちの考え方も変えた。強いメンタルも、そこから生まれたものだ。
協会とリーグ、メディア、サポーターは、サッカーを動かす4つの装置だ。この20年間、彼らは膨大な努力とエネルギーを注ぎ込み、日本サッカーを前進させ、それが今日の基盤となった。
クラブとリーグの組織化。若年層の育成と指導者の養成。メディアの伝える情報は、質・量ともに向上し、サポーターもサッカーを深く理解するようになった。彼らに支えられて、日本代表も結果を得た。メンタルの進化――それは選手だけでなく、日本人全体が精神的に成熟した――は、この環境の変化・サッカーの進歩と深く結びついている。
南アW杯がターニングポイントだった。
ターニングポイントは、南アフリカW杯だった。ベスト16という予想外の結果に、すべての日本人が自信を得た。
皆さんも良く覚えているだろう。大会前は、誰もが憂鬱だったことを。誰も代表を信じてはいなかったし、選手はコンプレックスと恐れを抱いていた。惨敗した日本が、再び暗黒の時代を迎えることも、十分に考えられた。
そうはならなかったのは、日本が強固な基盤を築いていたからだ。だがそれは、地中に埋もれていて眼には見えなかった。上に建物を構築したときに、はじめてどれだけ優れたものであるか、20年間の努力と方向性が正しかったことに気づいたのだった。