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MotoGP史に今も輝く加藤大治郎。
ロッシをも恐れさせた永遠の天才。 

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遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

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photograph bySatoshi Endo

posted2020/04/27 18:00

MotoGP史に今も輝く加藤大治郎。ロッシをも恐れさせた永遠の天才。<Number Web> photograph by Satoshi Endo

世界グランプリに参戦して、わずか2年あまりでその頂点に手をかけるまで、一気に駆け上った加藤大治郎。

「大治郎は頑張っています」

 大ちゃんが入院してから2週間、僕は四日市市内のホテルに泊まり、大ちゃんの意識が回復するのを待った。

 朝、近鉄四日市駅前から三重交通バスに乗って郊外にある三重県立総合医療センターを目指す。明るくなったら病院に行き、暗くなったらホテルに引き返すという毎日。その間、大ちゃんが収容されているICUのある病棟の緊急患者用の入口の外のベンチや芝生に座って、大ちゃんの回復を祈りながら、時間が過ぎるのを待った。

 病棟から時折、外の空気を吸いに出てくる父・隆さんと話すのが日課だった。大ちゃんの血圧や脈拍の数値を教えてくれた後には、必ず、「大治郎は頑張っています」という言葉が添えられた。こちらから聞くことは何もなかった。隆さんから伝えられたことだけが、翌日、僕が寄稿していた東京中日スポーツに掲載されていた。それが世界で唯一、大ちゃんの容体を知らせる情報だった。

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 その間、何度か隆さんに「大治郎に会っていけ」と言われ、2度ICUに入ることになる。しかし、大ちゃんの友人として入らせてもらっているので、大ちゃんの様子やどんな治療を受けていたのか、ということを書いたことは一度もない。ただ、厳しい状況にいるということだけは明らかだった。

天才を語る言葉はいくらあっても足りない……。

 大ちゃんの能力を物語るエピソードを挙げれば、ここでは書き切れないほど、たくさんある。その中でも大ちゃんのスピード感覚とバランス感覚は、超一流選手の中にあっても特別すぐれていたように思う。

 例えば、2位以下をぶっちぎって走っている。ペースを落とせとサインを出してもペースが落ちない。信じられないほどの大量リードを築いて優勝する。そんな大ちゃんに「どうしてペースを落とさなかったの?」と聞けば、「そもそもゆっくり走っていたから……」と平然と答えてくれた。

 自分が乗るバイクを速く走らせるためには何をどうすればいいのかという天性の勘がとにかく優れていた。

 250ccから鈴鹿8耐に出場するために、排気量も車体も大きな1000ccスーパーバイクに乗り換えたときのことだ。「乗り換えが上手だね」と聞けば「大きいバイクは進入スピードを遅くしないとだめですね」と即答してきた。誰に教わることもなく、パワーを活かした立ち上がり重視の走りにすでに適応していた。

“ゴッドハンド”と呼ばれた右手のスロットル操作の繊細さも伝説だ。

 いまでこそ電子制御が進化してラフな操作でも問題はないが、アナログ的だった当時のバイクでは、大ちゃんの繊細さが大きな武器になった。

 そして、もっとも驚いたのは、ダンロップとミシュランのタイヤテストを行った後、パフォーマンスの違いについて訊ねたときのことだった。

 大ちゃんは「グリップはどちらもそれほどかわらないが、ミシュランは丁寧に乗ってあげないとだめですね」と答えていた。耐久性にすぐれるミシュランタイヤの特性をこれほどまで、あっさりと見抜いたライダーを僕は他に知らない。いまでも僕は、ミシュランタイヤの特性を言い表すもっともすぐれたコメントだと思っている。

 こうした勘のするどさは、「天才」だけが持つものだったのではないだろうか――と誇張なしに、今でも思う。

 子どものころから水泳とバイクに乗ることが得意だった大ちゃん。

 多くのスポーツ選手のケアを手がけ、大ちゃんのトレーナーも務めていた鎌田貴さんは、「大ちゃんの筋肉は世界一だったね」と語り、身体能力の高さについては、「水泳をやらせるとすぐにわかる。大ちゃんは、自分のイメージした通りに身体を動かせるという数少ないライダーだったよ」と教えてくれた。

 大ちゃんは水泳とバイクに乗ること以外はやったことがないと言っていたから、どちらかと言うと運動音痴だったのかもしれない。しかし、どんなバイクでもあっという間に自由自在に乗りこなしてしまう大ちゃんのセンスは、誰にも真似の出来ないズバ抜けた運動能力だった。

【次ページ】 インタビュアー泣かせの本当の顔とは?

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