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伊藤華英が語るピーキングの苛酷さ。
「五輪1年延期」の見えない側面。
text by
伊藤華英Hanae Ito
photograph byGetty Images
posted2020/04/09 11:50
瀬戸大也のような選手でさえ、日本選手権の一発勝負を経なければ五輪には出られない。それだけに調整は苛酷を極めるのだ。
気丈なコメントをしても、選手は無敵ではない。
そんな全てを捧げるような準備をしてきた選手たちにとって、日本選手権が1週間前に延期されたのはどんな気持ちだったろうと考えると胸が苦しくなる。
それでも選手たちからは、延期を受けて「もっと強くなれる」という前向きなコメントが聞かれて心から素晴らしいなと思った。
しかし、選手は無敵ではない。少しでも、ヘルスとメンタルヘルスをケアできていければと思う。
私にできるのは、見守ること。
よく「美は1日にしてならず」なんてことを聞くが、水泳においてもいいタイムはラッキーで出るものではない。
現役時代に聞いたこんな言葉を今でも覚えている。
「レースは生き様がでるものだ」
選手は人生を懸けている。しかし、オリンピックの競泳は一番長い1500mでも15~16分、私が出場した100mや200mなら1分から2分の間だ。その短い時間に全てを出し切る。
その一瞬の刹那的な輝きが人々を感動させる。
しかし、その一瞬のための準備は何カ月にもわたって生活の全てを捧げて行われる。だからこそ、1年の延期の負担は大きい。もう1回1年後に合わせればいい、と軽々に言うことはとてもできない。
オリンピックが行われて欲しかった、ということではない。今はとにかく命を守ることが大切だ。それでも自分自身が経験したからこそ、選手たちの辛さはわかるつもりだ。
だから私にできることは、選手たちが思いっきり競技ができる時まで見守っていくことだけなのだ。