熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
伝説の86年W杯ブラジル対フランス。
ジーコ、プラティニとサッカーの美。
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph bySports Illustrated/Getty Images
posted2020/03/31 11:00
両チームの名手、ジーコとプラティニがPKを失敗する。そのドラマ性もまたこの一戦を美しくした。
ゾーンプレス以前に生まれた美しさ。
フランスの選手が狂喜する一方で、いつも陽気なブラジル選手たちが首をうなだれ、悄然とピッチを後にする。
試合内容は、全般的にはブラジルがやや上。もし後半のPKをジーコが決めていたら、ブラジルが勝っていたのではないか。
当時はイタリアの名将アリーゴ・サッキがゾーンプレスという革命的な守備戦術を編み出す前で、試合のインテンシティ(強度)も低かった。とはいえ名手を揃えた両チームが展開した攻撃的なフットボールは美しく感動的で、しばらくの間、席から立ち上がれなかった。
10分以上が過ぎ、名残惜しさを振り払って出口へ向かった。
見ると、黄色のユニフォームを来た一団がまだ座席に座り込んでいる。呆然自失の体で、泣きじゃくっている者もいる。
「1950年のW杯ブラジル大会最終戦で、ブラジルが宿敵ウルグアイにまさかの逆転負けを喫したとき、20万観衆の多くが席にうずくまって動けなかった」という記述を読んだことがあったが、「ああ、こういうことだったのか」と合点がいった。
試合のことを考えながら夕食をとり、夜行バスでメキシコシティへ帰った。疲れていたが、試合のシーンが次々に思い出され、ほとんど眠れなかった。
マラドーナの“神業”も目撃。
続く6月22日は、アステカ・スタジアムで準々決勝のアルゼンチン対イングランドを観戦。マラドーナの“神の手ゴール”と5人抜き独走ドリブルからの得点という、対照的な意味で世界フットボール史に残る2つの“神業”を目撃した。
アルゼンチンの2点目の後、11万人を超える大観衆が「信じがたいものを見た」という思いを共有し、10分以上もざわついていた。
ブラジルを倒したフランスは、準決勝で西ドイツに完敗。決勝はアルゼンチン対西ドイツとなった。
アルゼンチンが2点を先行したが後半、西ドイツがCKから得点を重ねて追いつく。しかし終盤、マラドーナからのパスを受けたホルヘ・ブルチャガが決め、アルゼチンが3-2で勝って8年ぶり2度目の優勝を遂げた。