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引退シャラポワの「美学」とは。
専属日本人トレーナーが見た素顔。
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph byYutaka Nakamura
posted2020/03/05 19:00
シャラポワを支えた中村豊コーチ。その生活ぶりには驚かされることが数多かったという。
プロとして自分がどう見られているか。
さらにその2年後にも、シャラポワは全仏オープンの頂点に立つ。
「もし以前の私に、『あなたはどのグランドスラムよりも、全仏で優勝する』なんて言う人がいたら、私は飲みに出かけちゃうか、あるいはその人に『飲みに行った方が良い』って言うわね」
2度目の優勝後に彼女はシニカルに笑ったが、自分の弱点を受け止め、それを克服した末に手にした全仏優勝は、マリア・シャラポワというアスリートの本質を象徴するものだ。
そのプロセスを誰より身近に見てきた中村は、シャラポワの“プロフェッショナリズム”を次のように証言する。
「プロフェッショナルであること、そして他の選手と自分の差別化に関して、彼女は徹底していました。遠征先で誰も見ていなくても、粛々とやるべきことを出来る選手です。
さらに、自分の存在感を常に意識していた選手だとも思います。大会会場のラウンジやカフェテリアには極力足を踏み入れず、会場では必要最小限の時間を過ごすことに徹していました。彼女にとって試合会場は仕事場であり、戦場でもある。テニス選手の醍醐味はグランドスラムで優勝し、世界1位になること。仲良しグループではないということは常に意識していたと思います。
プロのアスリートとして自分がどう見られているかに関しても、美学を持っていたと思います。万全の準備をしてコートに立ち、対戦相手としっかり向き合う。ベストのプレーをして勝敗を決め、そこで観客なりファンなりに最高のパフォーマンスを見せることを心がけていました。彼女にとって、ケガやテーピングをすること、メディカルタイムアウトを取るのは準備が万全でないことなので、それらは極力避けていたと思います」
1回もコーチやスタッフのせいにせず。
シャラポワが他の選手と一定の距離をとっていたのは有名な話で、本人も「ツアーに友人は要らない」と公言することを躊躇わなかった。シャラポワの2歳年長のスベトラナ・クズネツォワは「確かに彼女は私たちと打ち解けてはいなかったし、それを『高慢だ』『天狗になっている』と言う人もいた」と証言する。同時にロシアの同胞は、「それは当然のこと。みなが彼女から何かをむしり取ろうとしていたのだから、彼女は自分自身を守る必要があった」とも述懐した。
ライバルや観客の目を常に意識し、超然とした佇まいを公の場では決して崩さなかったシャラポワ。その一方で、表舞台の裏で自分をサポートしてくれる人々に対しては、ファミリー的な誠意と優しさで接していたと中村は語気を強める。
「そこの線の引き方は、すごくはっきりしていました。自分を見守ってくれる人や、誠意をもって接してくれる人たち……僕も幸運なことにそこに入れてもらえたのですが、近くにいる人間へのケアは、周りが羨むくらいのものでした。そこは表には出ていない彼女の一面であり、僕らは彼女に尽くすことが、ある意味、生き甲斐でした。
彼女は最終的に、全責任は自分にあるという性格です。勝った負けたは、僕らチームの影響も当然あるのですが、特に負けた時は、自分の責任であるということを僕らの前でも発します。コーチやスタッフのせいにすることは、1回もなかった。同じ方向を向き、チームで決めたことをひたむきにやっていた。そこで培われた信頼関係は絶対的なものがあったし、僕は彼女がどれだけ努力しているか知っているので、コートに送り出した時は、優勝して当たり前だろうくらいの気持ちでいました」