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引退シャラポワの「美学」とは。
専属日本人トレーナーが見た素顔。
posted2020/03/05 19:00
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph by
Yutaka Nakamura
スクリーンに映る彼女の“決意表明”を目にした時、中村豊は、涙を流したという。
その日が近く訪れることは、関係者から伝え聞いていたので、知っていた。それでも、マリア・シャラポワの引退が文字として現実になった時、種々の想いが胸に迫り、感傷的にならずにはいられなかった。
パソコンやスマートフォンに保存されている彼女との写真を眺めると、思い出が次々と走馬灯のように頭を巡る。
ストレングス&コンディショニングコーチの中村が、初めてシャラポワと深く関わるようになったのは2006年。中村は、IMGテニスアカデミーで選手たちを広範に見るトレーナーであり、シャラポワは、その2年前に17歳にしてウィンブルドンを制したスーパースターであった。
「鋭い。それが彼女の第一印象」
そのスーパースターから中村は、「フィジカルを向上させたい。アカデミーにいる時は見てほしい」との依頼を受ける。年間の大半をツアー生活に費やす彼女が、アカデミーに戻るのは年に数回。それぞれが1~2週間という短いスパンでもあったが、そこから中村とシャラポワの関係性はスタートした。
「“鋭い”――それが、彼女の第一印象でした。それは視線もそうだし、頭の良さや考え方もです。当時から、自分の武器と足りないもの、今後欲しているものは何かをはっきり理解していた。プロ意識の高い子だなという印象でした。
容姿も、身長188cmでアスリート型の綺麗な体型。オンコートでの激しさは有名でしたが、激しいながら品格ある佇まいが際立っていました。
ただその長身と長い手足が、動きという意味では、重心が高くなることに繋がる。車で言えば、車高が高いと急カーブを速くまわれないのと同じで、その点に関しては彼女は『私はフットワークが悪い』と、コンプレックスに近いものを感じていたようです。
僕に求められたことは、当時の彼女はまだ身体も華奢だったので、身体作りも含めフィジカルを向上させること。そこで、彼女のコーチと父親のユーリさんとも今後の方向性を話し合い、『重心が高いので、動きに苦手意識がある。そこをどうするべきか』というところから始まりました」