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“泳いでいるFW”ミュラーを中盤起用。
バイエルン暫定監督の丁寧な仕事。
text by
中野吉之伴Kichinosuke Nakano
photograph byUniphoto Press
posted2019/11/22 19:00
この時期の監督交代は計算外だっただろう。しかしタイトル獲得を義務付けられたバイエルンにとっては停滞は許されない。
「泳いでいるFW」であるミュラー。
だが、そんな下馬評をよそにフリックは時間がないなか丁寧な仕事を見せていく。まずチームに安定感を取り戻すためにミュラー、そしてスペイン代表のハビ・マルティネスをレギュラーで起用する決断をする。ミュラー同様、マルティネスもコバチ政権下では出場機会が激減していた1人だ。
人に強く、守備範囲も広いマルティネスは特にヘーネス会長からの評価が高く、失点が重なっていたコバチ政権下でも「マルティネスを使えば守備の不安定さは解決される」と報道陣に発言してしまうときがあったほどである。
現場介入として波紋を広げる要因にもなっていたが、実際にCBとして起用されたドルトムント戦ではほぼすべての競り合いで勝利するなど、守備の安定に大きく貢献していた。
ミュラーの起用法は、歴代監督がみな頭を悩ませてきたポイントではある。ドイツ語でライン間を動きながらスペースに顔を出したり、守備ラインの裏に抜け出したりする選手を「der schwimmende Sturmer(デア シュビメンデ シュトゥルマー)」と表わすことがある。
直訳すると「泳いでいるFW」となるわけだが、つまり相手が守備時に作り出すそれぞれの守備ライン(4バックや中盤)を波に喩え、その波に飲まれるのではなく、うまく乗るかかいくぐるのが得意な選手を意味する。ミュラーはその感覚を誰よりも持っている。
アンカーにキミッヒを利用して。
ただ、バイエルンにはチアゴ、コウチーニョ、トリソ、ゴレツカ、キミッヒと優れた中盤センターが揃っているため、ミュラーはサイドで起用されることが多く、そうなると動きが制限されたミュラーが持ち味を発揮できないことも少なくなかった。
それでは、システムに合った他選手を補強して、機能させればすべてが解決するのか。いや、選手とはただの駒ではないし、チームとは駒の集まりでもない。
感情を持った人間がプレーするチームでは、それぞれの能力を最大限に引き出す関係性が大切になってくる。そういった意味でミュラーは、チームを引っ張る力、ピッチ上で他の選手の力を引き出す特性を兼ね備えている選手だ。
だからこそフリックは、ミュラーが力を発揮できるようにチームのメカニズムを整理し始めた。ドルトムント戦では、中盤の守備バランスを整えるためにアンカーにキミッヒを起用。ゲームインテリジェンスの高いキミッヒは試合の流れを掌握し、守備時にも簡単に人についていくのではなく、バイタルエリアのスペースを丁寧にケアしていた。