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ボルシアMGの凄そうで不思議な異名、
「攻撃サッカーの殿堂」復活のワケ。

posted2019/11/23 08:00

 
ボルシアMGの凄そうで不思議な異名、「攻撃サッカーの殿堂」復活のワケ。<Number Web> photograph by Getty Images

かつて大津祐樹も所属したこともあるボルシアMG。今季ブンデスを席巻する存在だ。

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島崎英純

島崎英純Hidezumi Shimazaki

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 フランクフルトからドイツ鉄道特急のICE(InterCity-Express)に乗って約1時間半。ライン川を跨ぐ橋を渡り、左前方にドイツ屈指の威容を誇る大聖堂が見えてくると、そこはドイツ第4の都市ケルンです。

 でも、今日の最終目的地はここではありません。ケルン中央駅で待つこと約1時間。ようやく来た快速列車のRE(Regional-Express)に乗り込み、約30分の行程を経てある地方都市に到着しました。

 ノルトライン・ベストファーレン州に属するメンヘングラッドバッハは人口約27万人の小都市です。

 街の中心部のアルターマルクト周辺にはデパートやブランドショップが幾つか連なっていますが、お世辞にも栄えているとは言えません。

低迷続きのメングラが快進撃中。

 ただし、この街には地元の人々が誇るプロサッカークラブがあります。その名はボルシア・メンヘングラッドバッハ。ブンデスリーガで5度の優勝を誇り、DFBポカールを3度、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)も2度制覇した超名門クラブです。

 そのアグレッシブなチームスタイルからついた異名は「攻撃サッカーの殿堂」。うーむ、何を言っているのかよく分からないのですが、とにかく凄そうです。

 とはいえ、それも過去の話。メングラ(長いので略します)が時代を謳歌したのは主に1960年代から1970年代。1999-2000シーズンにクラブ史上初の2部降格を喫した後は、2000-2001、2007-2008シーズンも2部での戦いを余儀なくされています。

 かつてはバイエルンやライバルであるボルシア・ドルトムントと覇権を争った彼らも、長きに渡る低迷期に入っていたのです。そんな彼らが今季、ある若手指揮官に率いられてドイツサッカー界で快進撃を続けています。

【次ページ】 遠目に見るVIPメンバーのロビー。

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