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なぜアウトドア企業が本を作るのか。
創業者「野外で遊ぶだけではなくて」
 

text by

森山憲一

森山憲一Kenichi Moriyama

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photograph byYuki Suenaga

posted2019/09/22 08:00

なぜアウトドア企業が本を作るのか。創業者「野外で遊ぶだけではなくて」<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

アウトドアの輸入販売を手がけるA&Fの創業者、赤津孝夫会長。

文化思想の定期刊雑誌はなぜ?

 が、今年2019年には『ひらく』という定期刊雑誌の刊行まで始めた。しかもそのテーマは文化思想。登場する筆者を見ると、又吉直樹、佐伯啓思、松岡正剛、東浩紀、先崎彰容などといった名前が並ぶ。内容的にはアウトドアとは関連がない。これはどういうことなのか。

「これは佐伯啓思さん(経済学者、京都大学名誉教授)との個人的なつながりから生まれたものです。『ひらく』は『表現者』という論壇誌の流れをくんだもので、アウトドアとは確かに関係ないんですが、文化思想的なことは僕も感心があるし、雑誌もやってみたいと思っていたところだったんです。

 佐伯さんは保守派の論客ですが、考え方がナチュラルで幅広い。政治的な動きをしない人で、そこに共感しました。だから思想誌なんだけど、政治論はやめようという決まりを設けています。もっと文化的なことをテーマにした思想誌。登場する書き手の人選などは佐伯さんの考えが色濃く反映されています。佐伯さんが中心になっているので、佐伯さんの本といえると思います」

 赤津さんは、アウトドアのカルチャー的側面を積極的に啓蒙してきた、アウトドア界のオピニオンリーダーのひとりでもある。そのため、こう説明されると、あまりにも意外な内容も腑に落ちるところがある。

『ひらく』は年2回刊。いまは第1号が出たばかりだが、赤津さんの頭のなかには、すでに3号までの構想があるという。

大儲けはできなくても損はしないように。

 しかしどうしても聞いておきたいことがある。

 現代は出版不況。良質な本を出してもなかなか売れない時代だ。そこでなぜ本作りを目指すのか。そもそも採算はとれるのか。結局のところ創業者の道楽ではないのか。失礼な質問かもしれないが、これは聞いておかなければいけないことだ。

「疑問に思いますよね(笑)。でも、ビジネス的に無理は決してしないようにしているんです。少ない部数でも損はしないようにコストを計算してやってます。赤字では続かないじゃないですか。

 やりたいことをやるには、続けられる環境はどうしても必要なので、大儲けはできなくても損はしないように、継続できるということをいちばんの目標にしています」

 思い切った事業に見えて、社内体制は意外なほどにコンパクト。編集や装丁などの作業は外注するものの、社内の専任は実質的に赤津さんひとりで、出版エージェントなどとの交渉も自ら行う。

「社員にはそれぞれ担当の業務があるし、かかわる人が多いと業務が複雑になって判断がブレるので」

 これは本業が順調であるからこそできることでもあるはず。近ごろはこうした、本業を別にもつ会社や個人が作る本のなかに、驚くほど質の高いものを見る機会が多い。出版のひとつの未来はこういうところにあるのかもしれない。

「それから、こういうアウトドアに関連した本を出版するのは、私たちのお客さんに対するサービスや販促的な意味合いもあるんです。たとえば、ダッチオーブンを買ってくれた人なら、その使い方には興味があるはずだし、その詳しいことが知れるなら本も欲しいと思うはずですよね。

 逆に、本を読んでダッチオーブンに興味をもつ人もいるかもしれない。こういうことは、道具の販売会社であるからこそできるし、やる価値があることだとも思っています。

 まあ、そういうビジネス的な計算ももちろんあるんですが、根底には、自分が欲しいものを作りたいという思いがあることは確かです。人生のなかで影響を与えられることって、人から学ぶことがいちばん大きいのはもちろんだけど、本はその次に人に強い影響を与えるものじゃないかと思っているんです。

 テレビを見ても忘れちゃうし、ネットの情報もすぐ流れていってしまうけれど、本はひとつの形あるモノとして残っていますよね。匂いとか手ざわりも含めて。やっぱり価値あるメディアだと思うんですよ」

 本を自分で作れることに、すごく満足している――赤津さんの表情にはそんな充実感がにじんでいた。

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