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桐生祥秀が見据える9秒台の先とは。
「究極のかけっこで一番になりたい」
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2019/08/19 08:00
日本人初の9秒台ランナーとなった桐生祥秀。1年後の東京五輪へ、さらなる高みを目指している。
「言ってしまえば遊びですからね」
桐生の原点——それはかけっこで勝ったときの喜びにある。横一線にスピード自慢が並び、純粋にスピードを競い合う中で一歩先に抜きんでる喜び。いまだにそれに勝る快楽はないというのだ。
「言ってしまえば遊びですからね。誰が一番速くゴールできるかを競う、究極のかけっこ。だから速い人と走った方が楽しいですし、負けて色々言われますけど、負ける緊張感がないと走っていても楽しくない。記録だけを追うなら、レースではなくてただの記録会で良いので」
前回のリオ五輪は予選落ちだった。2017年のロンドン世界選手権も国内の激しい選考レースに敗れ、個人種目での出場は叶わなかった。桐生は大舞台に弱いとの声もあるが、それを笑い飛ばせるのも本人に許された特権だろう。
「チーム桐生」の陣容は強固に。
土江寛裕コーチとのタッグは6年目に入り、両者の信頼は厚い。昨年から新たに元短距離選手で五輪経験を持つ小島茂之を専任コーチとして迎え、「チーム桐生」の陣容はより強固になった。故障が減り、トレーニングの成果が出つつある今、問われるのはやはりメンタルの強さではないか。
「やる気の問題ですね、けっこう」
桐生の自己分析はこうだ。
「大舞台だから自然とスイッチが入るかと言えばそうじゃない。大きな大会に出てテンションが上がることもあれば、全然盛り上がらないこともある。これはナゾですね、自分でも(笑)」
実戦を重ね、理想の走りを追求していく中で、気持ちを上げるスイッチを探すこと。出力の高いエンジンを作りあげることも大事だが、同時に優れた点火スイッチを手に入れることで、桐生の走りはまた一段と加速力を増すはずだ。
つい最近、桐生はこんなことを言って、両コーチを驚かせた。
「自分がもし0.01秒でも速く走れるようになるのであれば、何でもやります」
プロ2年目の覚悟と、これまであまり口にすることのなかった強い意思表示。桐生の“本気”が見られるのはむしろこれからなのかもしれない。
100mにおける0.01秒は距離にしてわずか10cm。短くて遠い距離だが、高校3年生でいきなり10秒01のタイムを叩き出し、追い風参考記録ながら2015年の春先に9秒87で走った桐生ならば、また易々と自身の持つ日本記録を更新してくれるのではないかという期待もある。
桐生は言う。「自分に一番期待しているのは多分、僕です(笑)」
今季、2度目の9秒台がいつ出ても、なんら不思議ではない。
(Number977号[9秒台フィーバーを超えて]桐生祥秀「究極のかけっこで一番になりたい」より)