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桐生祥秀が見据える9秒台の先とは。
「究極のかけっこで一番になりたい」
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2019/08/19 08:00
日本人初の9秒台ランナーとなった桐生祥秀。1年後の東京五輪へ、さらなる高みを目指している。
あえて欲しいものを口にする。
桐生は今季から新たにメンタルトレーニングを取り入れている。陸上界とは異なる分野の第一人者と話をし、成功体験や失敗体験を聞くというもので、本人がやりたいと望んだことだという。まだ数回しか実践していないため、今回の結果にどう結びついたかを判断することは難しいが、良い気分転換になっているのは間違いないだろう。
それに比べて「気持ちが盛り上がらなかった」という昨季はどこに問題があったのか。やはり9秒台を出したことで、気持ちが落ち着いてしまったのだろうか。
「それは……やっぱ言わない(笑)」
桐生は一瞬間を空けて、こう答えた。そこをなんとか、としつこくせがむと、意を決したように語り出す。
「欲しいものを、全部買っちゃったんですよ。それで一時的に欲しいものもなくなって、ハングリー精神が薄れていたのかもしれない。プロは活躍すればお金が入るし、活躍しないともらえない。すごくシンプルです。
今はまた自分の中に欲しいものが出て……なんか邪念のかたまりみたいな話ですけど(笑)、そういうのを口にしないアスリートって多いじゃないですか。でも僕は言っても良いと思うし、それが1つのモチベーションなのは確か。もちろん速く走れたら楽しいし、お金がすべてというわけではないですけどね」
あまりの飾らなさに思わず笑ってしまったが、プロアスリートが稼ぐことをモチベーションにするのは至極当たり前のことだ。
「色々考えますし、想像もしますけど」
桐生が練習をしていると、陸上部の後輩たちが自然と話しかけ、それに笑顔で応じる姿をよく目にするが、嘘偽りのない人柄が彼らを惹きつけているのがよくわかる。
シーズン初戦を良い形で入り、いやが上にも期待は高まるが、今季の目標をどこに置いているのか。4月にはアジア選手権、5月は横浜で世界リレー、そして9〜10月はドーハ世界選手権と大きな大会が目白押しだ。年が明ければ、いよいよ東京オリンピックも近い。そこに至る青写真を、桐生はどう頭に描いているのだろう。
「色々考えますし、想像もしますけど、どう思っているか……それを言葉にして伝えるのは今の僕には難しいですね」