甲子園の風BACK NUMBER
智弁和歌山を変えた中谷仁監督。
捕手・東妻と投手陣で「守る」。
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKyodo News
posted2019/08/07 20:00
自らが捕手だった中谷仁監督は、打のイメージが強い智弁和歌山でバッテリーの強化に注力してきた。
プロ入りした兄を見て思い出したこと。
それでも7月に入ると、グラウンドには吹っ切れた東妻がいた。きっかけは家族の存在。両親に率直な思いを聞いてもらったことと、兄の躍動する姿が、東妻に初心を思い起こさせた。
今年、千葉ロッテに入団した兄の勇輔が、東妻の誕生日だった7月3日にプロ初登板を果たした。オリックス戦の9回裏にマウンドに上がると、先頭打者に四球を与えたが、後続を打ち取り無失点に抑えた。
「ずっと悩んでて、思うようなことができていなかったんですけど、なんかお兄ちゃんがプレーしてるところを見たら、『野球って楽しいもんやんなー』って思ったんですよね。マウンドで飛び跳ねてましたから(笑)。
正直、野球が楽しくなくなっていました。失敗を恐れて……。好きなんですけど、楽しめてなかった。センバツの後、U-18ジャパンの合宿に行かせてもらったり、いろんな方に見てもらう機会が多くなったことで、周りの目を気にして、いいプレーをしよう、うまくやろう、というふうに自分がどんどんちっちゃくなっていってました。
バッティングだったら、いいライナーを打とう、芯に当てようとしすぎて、振りが鈍くなっていた。送球でも、『ストライクほらな』と思いすぎて置きにいってしまい、本来の肩を活かせていなかった。それがどんどん悪循環になっていました。だから最近はもう開き直って、思い切ってやるようにしてるんです」
後悔をなくすのはコミュニケーション。
中谷監督に対しても、「心の中で、クッソー!と思いながら、今は向かっていってる感じです」と笑った。
それでいて、師匠の教えはしっかりと伝わっていた。
夏の和歌山大会では、大きなピンチを招く前にマウンドに行ってひと呼吸置き、投手がふっと気を緩めそうな場面でもすかさず一声かける。とにかく怠ることなく投手とコミュニケーションをとり、失点に繋がる要素を未然に取り除いた。
投手とのコミュニケーションは中谷監督が求め続けてきたことだった。
「二度とない1球、その場面でしか投げない1球を、後悔ない1球にするためには、とにかくピッチャーと会話しなさい」と口すっぱく言い続けた。