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フェンシングは今が「史上最強」。
“疑わない”フルーレ男子の大復活。
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKyodo News
posted2019/06/23 11:45
世界ランキング7位の日本はアジア選手権準決勝で格上の香港を、決勝では中国を破った。
“疑わない”ことで得た強さ。
その過程を見れば劇的ではあるが、決して派手な勝利ではない。だが、それこそが「強さ」と称するのは、銀メダルを獲得したロンドン五輪団体メンバーとして出場した三宅だ。
「ロンドンの時は“太田雄貴と仲間たち”と見られていたかもしれないし、実際、太田さんが点を取りやすくするためにどうするか、と考えて戦ってきました。でも今回は1人1人、本当に強い若手が揃った史上最強のチーム。“信じる”という言葉は今までも使ってきましたが、今回はそこから“疑わない”に変わった。みんなが役割を果たして、100%の実力が出せました」
どん底に落ち、何より自信と結果が欲しかった。
アジア選手権では敷根が個人でも金メダルを獲得し、3位になった西藤も「このままでは終われない」と奮起を誓う。
ようやく取り戻した自信。そして新たに得た刺激ときっかけが、チームとしてのみならず、選手それぞれにとってもさらなる飛躍へとつながる力になるはずだ。
10年ぶりの男子フルーレ、史上初の女子フルーレ団体、そして男子フルーレ個人の敷根と男子エペの山田優が優勝し、獲得した金メダルは4つ。史上最高成績を残した。
大会前にはスタッフとの決起集会で、金メダル3つの獲得をミッションとして掲げていたという太田は「いい意味で期待を裏切ってくれた」と笑い、選手を称えた。
「今回はエンターテイメント性を持たせた大会というよりは、競技そのものがニュースになれば、と思って、あまりエンタメには振りませんでした。そんな僕の期待を知ってか知らずか、選手たちが4つも金メダルを獲ってくれたのは嬉しい限りです」
最高の舞台で得た最高の結果。
昨年末に東京グローブ座で開催された全日本選手権に象徴されるように、太田が会長就任以後、フェンシングは“魅せる”スポーツとして攻めに転じて来た。
その視点で見れば、確かにアジア選手権は、太田の言葉にあるように、光や音を効果的に使うような特別な演出はない。
だが、会場内で使用できるラジオを配布し、現役選手が試合と同時進行で見どころやポイントを解説し、戦う選手の素顔もサラリと織り込む。来場した近隣の小中学生もそのラジオ解説や、会場MCに合わせニッポンコールや、選手名のコールで盛り上げ、その中心では選手たちが最高のパフォーマンスを発揮した。
それは決して光り輝く場ではなくとも、フェンシングを見て「面白い」と思える最高の舞台だった。
地道に耕してきた土壌にまいた種は、着実に育ち、いつか実りの時を迎える。
きっとそれは、東京五輪であるはずだ。選手と同じく、そう、疑わずにいる。