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フェンシングは今が「史上最強」。
“疑わない”フルーレ男子の大復活。
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKyodo News
posted2019/06/23 11:45
世界ランキング7位の日本はアジア選手権準決勝で格上の香港を、決勝では中国を破った。
日本にとって花形種目だったが。
'08年の北京五輪で太田雄貴が銀メダルを獲得。'12年のロンドンでも男子団体が銀メダルを獲り、日本のフェンシング=男子フルーレ、と言っても過言ではない花形種目であり、常に競技の中心にいた。
リオ五輪で太田が引退するも、'17年の世界選手権では男子個人で西藤俊哉が銀メダル、敷根崇裕が銅メダルを獲得した。
やはり花形はフルーレ。その地位は盤石であるかと思われたが、進んだ先は光が射す道ではなく、長いトンネルだった。
男子エペ、女子フルーレ団体の快挙を受け、最終日を男子フルーレ団体で勝利してフィナーレを飾りたいと意気込み臨んだ昨年のアジア大会も、香港に敗れ銅メダル。松山は「自分たちが一番にいなければならない。2種目の快挙は嬉しい、というよりも悔しいという気持ちが強かった」と口にした。
世界は今も“太田世代”がトップ。
良い風が吹いている時は好条件が重なるが、苦境に立たされている時は不運も重なる。
太田が象徴するように、スピードも1つの武器となるフルーレは、テクニックや経験を武器とするエペに対し、若い選手ほど有利だと考えられてきた。だが、近年の世界情勢を見ると大きな変化が生まれてきた、と福田佑輔強化本部長は言う。
「世界のフルーレを見ると、太田世代の30歳を超えた選手が今もトップにいる。それは以前なら考えられない状況でした。トレーニングの発展や、いろいろな要素が重なった結果ではありますが、そこで若い選手が一気に突き抜ける、というのが非常に難しくなったのは事実です」
団体戦の出場権を確定させるために、より多くのポイントを獲得する。多種目よりも並々ならぬ決意を持ってスタートとなる5月のサンクトペテルブルクのW杯に臨むも、個人、団体共に結果が残せず、特に団体は同じアジアの香港が2位、韓国が3位と好成績を収めたのに対し、日本は15位に沈んだ。
だがその失敗が、アジア選手権へと続く道筋となる。