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令和に語り継ぐ、J平成名勝負(6)
~2003年2nd第15節:横浜FMvs.磐田~

posted2019/05/10 10:00

 
令和に語り継ぐ、J平成名勝負(6)~2003年2nd第15節:横浜FMvs.磐田~<Number Web> photograph by J.LEAGUE

久保竜彦の終了間際のゴールによる逆転優勝。世界広しと言えどもここまで劇的な結末はそうそうないだろう。

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北條聡

北條聡Satoshi Hojo

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「令和」の世の中で、Jリーグは相変わらず熱戦の連続である。ただ時代は変わっても「平成」の語り継ぎたい伝説も数多い。そんな記憶に残る名勝負を北條聡氏と飯尾篤史氏の2人に回顧してもらった。今回は2003年セカンドステージ最終節、横浜F・マリノスvs.ジュビロ磐田だ。

 名勝負あるある――奇跡の安売り。ただ、あの日、あの時、あの場所で起きたドラマは確かに奇跡的だったかもしれない。

 あれは日韓ワールドカップの翌年だから、2003年のことである。セカンドステージ最終節。横浜F・マリノスが前年王者のジュビロ磐田を破り、いわゆる「完全優勝」を成し遂げた一戦だ。

 試合内容はもとより、土壇場で横浜FMに優勝の栄冠が転がり込むタイトル争いの軌跡もまた奇跡的。同時刻開催の他会場の試合展開まで複雑に絡みつき、信じがたい出来事が二度起きる。まるで「組織ぐるみ」の大仕掛け。そうした背景が、この試合を伝説の名勝負へ押し上げることになった。

 奇跡が、奇跡を呼ぶ。

 安売りを承知で言えば、そういうドラマだった。2ステージ制覇をもくろむ3位の横浜FMが首位の磐田に挑んだ直接対決。ただ、この試合をモノにしても、2位につける鹿島アントラーズが勝てば、その時点で横浜FMの野望はついえてしまう。人事を尽くして天命を待つほかなかった。

16分でGK榎本哲也が一発レッド。

 ところが開始2分、いきなり自陣右サイドを破られ、ジヴコヴィッチのクロスから急先鋒グラウに手痛い一発を食らう。さらに事態を悪化させたのが16分。パントキックの際にチャージされて激高した弱冠20歳の守護神・榎本哲也がグラウを突き倒してしまう。

 一発レッドの退場処分。残り時間を10人で戦うはめになった。やむなく右翼の佐藤由紀彦をベンチに下げ、ベテランのGK下川健一をピッチへ送る。スタジアムに重たい空気が漂いはじめるのも無理はなかった。

 横浜FMの陣形はトップ下に元磐田の奥大介を据えた3-4-1-2。磐田のそれと同じである。この日は右サイドバックを担う柳想鐵(ユ・サンチョル)が出場停止。そこで松田直樹、中澤佑二とともに河合竜二を最後尾に並べたが、早々と劣勢に追い込まれ、中盤の枚数を削る布陣変更(3-4-2)を強いられることになった。

【次ページ】 数的優位なのに硬くなった磐田。

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