クライマーズ・アングルBACK NUMBER
視覚に頼らず壁を登るクライマー。
49歳の日本王者が越えた2つの挫折。
posted2019/03/21 11:00
text by
森山憲一Kenichi Moriyama
photograph by
Kenichi Moriyama
彼には、目の前にあるはずのホールドは見えていない。
正確にいえば見えてはいるのだが、視界は濃い霧がかかったようにぼやけていて、目標のホールドをすぐに見つけることはできない。下からパートナーが指示を出す。
「2時!」
時計でいう2時の方向にホールドがあるという意味だ。
そちらに向かって手を伸ばす。ホールドに手がふれたらあとはこっちのものだ。大きさや形状、向きに応じて、すぐさまベストの体勢をとることができる。そこは体が覚えている。なにしろ30年にわたって体に染みこませてきた動きなのだから。
彼の名は蓑和田一洋(みのわだ・かずひろ)。現在49歳になる。
蓑和田は、2月3日に行われたパラクライミング日本選手権・B3クラスで優勝を果たした。パラクライミングというのは、身体障害者対象のスポーツクライミング。その視覚障害者カテゴリーが「B」。さらに、障害の程度によってクラス分けがされており、全盲の人が「1」となる。比較的視覚が残っている蓑和田は「3」クラスに該当するというわけだ。
目をつぶってガタガタのハシゴを登るような。
しかし視覚障害者のスポーツクライミングといわれても、ほとんどの人にはなにもイメージができないと思う。であれば、ちょっとこういう状況を想像してみてほしい。
あなたは目をつぶって高さ10mのハシゴを登っている。しかし、ハシゴの段の間隔は均等ではなく、狭かったり広かったりする。段は水平とはかぎらない。斜めになっている場合のほうが多く、水平であることはむしろまれだ。しかも、角が丸まっていたり手では握れないほど太かったりもする。そして最悪なことに、ハシゴは手前に傾いている。つまりオーバーハングしているという状態。繰り返すが、そんなハシゴを「目をつぶって」登るのだ。
視覚障害者パラクライミングは、このようなスポーツだ。もちろん命綱はつけてはいるものの、その難しさを少しはイメージしていただけるだろうか。
じつは日本は、この視覚障害者パラクライミング強国。小林幸一郎をはじめ、会田祥など、世界選手権で優勝するような選手が何人もいる。蓑和田も、2014年にスペインで開催された世界選手権で優勝経験がある世界トップレベルの“パラクライマー”なのである。