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春高バレー、大山加奈らの提言。
「選手の将来を守ってあげたい」
posted2019/01/23 11:00
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph by
YUTAKA/AFLO SPORT
3月から1月へ開催時期が移されて以来、今年で8年になる。
ただでさえ華やかで、最も盛り上がるバレーボールの大会が春高であることに変わりはないが、1、2年生しか参加できなかった3月開催の頃と異なり、今は3年生にとって最後の大会。全く及ばなかったが、バレーボール部に属していた高校時代の筆者にとっても春高は憧れの舞台で、余計に感情移入してしまうせいだろうか。
特に大会3日目、あと一歩で準決勝、というところで敗れた選手の取材は鬼門で、3年間の思いの丈をすべて込めたピンチサーバーの高校生を前に、恥ずかしながら涙で言葉が詰まったこともある。
卒業してから数えきれないほどの時間が経ち、取材者という立場になっても未だ輝く春高バレー。毎年そこで取材できることが幸せだと感じられる尊い現場で、初めて、選手の言葉に胸が詰まるのではなく、胸が痛くなった。
鎮西の2年生主将・水町泰杜。
2019年1月7日。準々決勝を終えた後、今にも泣き出しそうな顔をしながら、サブアリーナで1人、膝を抱える選手がいた。涙をこらえる理由は、2年続けて準決勝進出を決めたからではない。鎮西高校でセッターを務める2年生は、自責の念にかられていた。
「誰が見てもアイツが潰れているのはわかっているのに、それでもトスを上げなければいけない。勝つためにはアイツの力が不可欠だし、どんな状況でも『持って来い』と言ってくれる。エース勝負は大事だけど、でも苦しいです。あんなにボロボロなのに頼らなきゃいけない。助けてくれる存在だからこそ、申し訳なくて、何もできない自分が悔しいです」
バレーボール界において“名門校”と呼ばれる学校は多くある。熊本県の鎮西高校も、間違いなくその1つであり、幾たびの全国制覇に加え、インドア日本代表として活躍後、ビーチバレーボールで2008年北京大会、2012年ロンドン大会と二度の五輪に出場した現・参議院議員の朝日健太郎など多くのバレーボール選手を輩出してきた。
その名門校で初めて、2年生ながら主将に任命されたのが“アイツ”と呼ばれた水町泰杜だ。