太田雄貴のEnjoy FencingBACK NUMBER
フェンシング日本選手権が大成功。
その時太田雄貴は、なぜパリに!?
text by
太田雄貴Yuki Ota
photograph bySports Graphic Number
posted2018/12/30 10:30
試合中、大型LEDディスプレイには心拍数がオンタイムで表示され、選手のテンションが『可視化』された。
スポーツ界初の、心拍数の可視化。
試合をしている選手たちと審判の心拍数が大きく表示される演出も、予想以上に効果的でした。試行錯誤を経て、選手に負担のかからない腕時計型のウェアラブル・デバイスを採用したのですが、選手たちの心拍数が試合中、オンタイムでピスト後方の大型LEDに表示され、オーディエンスの皆さんに、フェンシングという1対1の決闘がどれだけのテンションで行われているのか、ある意味可視化することができたのではないでしょうか。
試合後に勝利選手がプレイ中の心拍数の変化を振り返る演出も、スポーツ界初の試みだと思います。皆様に楽しんでいただけたのではないか、と感じています。
一方、実際の競技にもオンタイムで実装し、LEDに映すつもりで準備していた「フェンシング・ビジュアライズド(モーションキャプチャーとAR技術をつかって剣先の軌跡を可視化する)」については、今回はフルーレでのデモンストレーションをお見せするにとどまりました。
でも、データを集めてAIに機械学習させることで、今、試合をしているその瞬間の映像に、ビジュアライズドを載せるところまでたどり着くための道筋は見えてきましたし、自分たちがやってきた方向性が間違いでないことが確認できました。これからはエペやサーブルにも応用していくべく、議論や実証を重ねていきたいと思っています。
AIに機械学習をさせなければいけないので、多くのデータを積み上げていくことも必要なフェーズに進んできています。
“隙間”を残すことが大切。
そういったテクノロジーの力でフェンシングをより見やすく、エンターテインメントとして観客に届けられる方向へとアップグレードしていくアプローチとは別に、もう1つ意識したことがあります。スポーツを楽しんでいただくための、演出面での遊び、“隙間”のようなものをしっかり残しました。
今大会でその“隙間”がもっとも感じられたのが、試合後、観客席や関係者席に座っている選手関係者や家族にDJケチャップさんが行ったインタビューでした。
試合中は表情が見えないフェンサーの、“顔”がもっともよく見えた瞬間だともいえます。
男子エペの決勝で優勝した見延和靖選手は、今までお母さんが会場に見に来ると勝てなかった。それが今回、見事に優勝を勝ち取った。見延選手が喜んでいたのはもちろんのこと、客席にいたお母さんも、涙ながらに祝福の言葉を口にしていらっしゃいました。見ているこちらも、胸が熱くなるシーンでした。
スポーツの中継で伝えなければいけないのは、こうしたサイドストーリーです。むしろ、こうしたストーリーやインタビューこそを見たいし、心に残るという方も多いはずです。スポーツを見ていて思わず共感する、試合と試合の“隙間”の瞬間をきちんと伝えられたことも、今大会の収穫でした。
今回の形が完成形なわけではない。
このように、さまざまに新たな“型”を決めつつも、「もっとこうやった方がいいのではないか」と建設的な提案をしてくれるチームメンバーが、どんどん出てくればいいな、とも思っています。
私自身、実は今回の大会の形がすべてだとは考えていません。まだ構想を練っている段階なので詳しくはお伝えできないのですが、今回とはまったく異なる大会の形も考えています。将来的には、全国の大都市を中継で結んだパブリック・ビューイングもやってみたい。代表選手が各地に解説に行って、フェンシングの体験会もできると、ローカライズが進み、グッとまた間口も広がることでしょう。
と、ここまでは大会のことをじっくり記しましたが、実は……。
ご存知の方もいらっしゃると思うのですが、決勝当日、私は現地の東京グローブ座から遠く離れたヨーロッパの地にいました。この12月、国際フェンシング連盟(FIE)の副会長に就任することが決まり、理事会や総会、ガラ・パーティーに出席すべく、パリに滞在していたのです。