サムライブルーの原材料BACK NUMBER
田中隼磨が完遂した松本山雅の優勝。
偉大な先輩たちの言葉を胸に刻んで。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byJ.LEAGUE
posted2018/11/19 13:00
田中隼磨は松本出身で、中学までは地元のサッカーチームでプレーしていた。その愛は深い。
長期間、先発から遠ざかった。
田中隼磨にとっては、例年以上に長く感じたシーズンだったかもしれない。全42試合にベンチ入りしたものの、出場時間よりもピッチの外から試合を見ていた時間のほうが長かったのだから。
今季も右サイドのレギュラーとしてスタートしたが、チームは開幕ダッシュに失敗。田中は開幕4戦目、3月17日のファジアーノ岡山戦から控えに回るようになった。
「プロになってこれまで、5カ月間も先発でなかなか出られないなんてなかったから、自分を外から見つめるいい機会になりましたよ。自分に何かが足りないから、出られない。何が原因なんだろうって、探していくこともやりがいでした」
試合に出ようが出まいが、練習を全力でやることはもちろんのこと、全体練習後の決められた時間の自主練習のなかではシュートやドリブルにも目を向けた。
「見直そうと思ったのはピッチ内のプレーだけではないですよ。これまでも謙虚にやってきたつもりではありますけど、もう1度、ピッチ外の言動を含めてきちんとチームのためになれているかって自分に問いかけました」
試合に出られなくなった自分の言動を、後輩たちは見ている。そこで自分のことだけを考えていたら、周りはどう思うか。振る舞いには十分すぎるほど注意を払い、チームファーストを心掛けた。
自分で自分に問いかけること。
しかしながら何が自分に足りないのかを探す作業は、苦痛を伴った。答えらしい答えが見つからず、練習後に自分の車に乗り込んだときに大きく息をつく日々が続いた。
ならば、ずっとこれまで起用してくれた反町康治監督に、自分に何が足りないのかを聞きにいけば良かったんじゃないか?
彼の答えを分かったうえで、意地悪な聞き方をしたことがある。予想通り、その人は首を振った。
「ずっと一緒にやっていますから、聞きに行く必要なんてないんです。監督の考えていることを感じ取って、自分が見直していけばいいだけのこと。だから練習でアピールするとかそういうことじゃなくて、自分が自分に問い掛けていかなくちゃいけないものだから」
もがいて、もがいた。答えは見つからずとも、もがくことだけはやめなかった。ベンチから一度も外れなかったことが、指揮官の答えだったのかもしれない。言葉は要らない。もがきながらも試練に食らいつこうとするその姿勢を、反町監督は見てくれていた。