サムライブルーの原材料BACK NUMBER
田中隼磨が完遂した松本山雅の優勝。
偉大な先輩たちの言葉を胸に刻んで。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byJ.LEAGUE
posted2018/11/19 13:00
田中隼磨は松本出身で、中学までは地元のサッカーチームでプレーしていた。その愛は深い。
川口能活にかけられた一言。
蹴散らっせ、試練。
2年前には右眼裂孔原性網膜剥離を患い、引退危機にさらされながらも復活を遂げた。今回も家族の支えがあった。チームへの思いがあった。そしてもう1つ、偉大な先輩からの励ましを心に刻みこんでいた。
今年1月、チームの御殿場キャンプがJ3のSC相模原と重なり、川口能活とバッタリ再会した。横浜F・マリノスのユースから昇格したばかりで、プロの厳しさを教え込んでくれた先輩の1人。試合中に気を抜いたプレーをして、胸ぐらをつかまれたこともあった。怖い先輩も、長いキャリアを経て自分を認めてくれるようになっていた。
「俺も頑張るから、お前も頑張れ」
励ましてくれた先輩に、こう返した。
「J1に行きます。気持ちをこめて頑張ります」
「もうお前のようなギラギラ感が……」
今季、出場機会がめぐってこない川口の気持ちを想像して、己に重ねたこともあった。先輩が現役引退を表明したことは、ショックだった。
すぐさま連絡を入れた。川口はこう言った。
「もうお前のようなギラギラ感がなくなった。だからあとは任せた。マツの分も頑張ってくれよ」
涙が飛び出そうになった。誰よりもギラギラしていた人こそが川口であり、ピッチを去ることがさびしくてたまらなかった。でもその人に、自分のギラギラを認められていたことがうれしかった。
「ありがたいことに僕には偉大な先輩がいっぱいいる。その人たちの背中を見てきて学んできたことを、僕はこのチームでこれからも示していかなきゃいけないんです。だからJ2で優勝したとはいっても、チームにも自分にも満足していないし、まだまだだと思っています。実際、今の試練も乗り越えたかどうかも分からない。いや、乗り越えてなんかないですよ。これからです、本当にこれから」
優勝の喜びは、どうもピッチに置いてきたようだ。
試練を肥やしにして、また1つ大きくなった気がした。
さりげなく、ギンギンギラギラが増していた。