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5年連続のシード権獲得に挑む。
中央学大に見る“弱者の兵法”。

posted2018/11/15 11:00

 
5年連続のシード権獲得に挑む。中央学大に見る“弱者の兵法”。<Number Web> photograph by AFLO

前回大会では最終10区を走った藤田大智(右)が14秒差で逃げ切り、シード権獲得。

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折山淑美

折山淑美Toshimi Oriyama

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 箱根駅伝の中央学大は、粘り強い。

 前回大会では複数の誤算が出ながらも、最終10区での順大による追い上げを辛くも交わして10位に入った。これで大学記録をさらに更新する4年連続のシード権獲得となり、名実ともにシード常連校と言っていいだろう。

 チームを率いる川崎勇二監督は、'85年に大学の常勤助手として駅伝部のコーチにも就任。'92年に監督になると、'94年には箱根駅伝に初出場を果たす。4回目の出場となった'03年からは15年連続でチームを箱根路に導いている。

「実は今まで箱根駅伝で『良い成績を取ろう』と言ったことは一度もないんですよ。目標は学生が決めることなので。今年も彼らは“目標5位”と言っているけれど、『お前たち、それは無理だろ』と言っているくらいで(笑)。『それでも目標を立てるなら、立てたなりの行動と生活をしていかなければいけないな』と話をしているんです。'08年に木原真佐人や篠藤淳(現山陽特殊製鋼)がいて3位になった時も、『優勝しよう』とは一度も言ったことはないし、そのスタイルはずっと変わっていないですね」

部員が5人もいなかった頃。

 川崎が最初に中央学大に来た時は、陸上競技部はあったものの、部員は5人もいなかったという。「ある選手にベスト記録を聞くと5分40秒というので『15分40秒か。これは厳しいな』と思っていると、1500mの記録だというのでさらにため息をついてしまった」と笑う。

 そんな中で気が付いたのが、一般学生も含めて、当時の学生たちが劣等感の塊だったということだ。名門校と比べると大学の歴史も浅く、スポーツでもまだ有名なものがあるわけでもない。誤解を恐れずに言うならば、誇れるものがなかったからだ。

 そこで川崎が考えたのが「もし箱根駅伝に出られたら、選手の意識も変わるだろうし、一般学生も自分の大学がテレビに映るようになれば思いも変化する。卒業生も胸を張って中央学大出身だと言えるようになるのではないか」ということだった。

「そう思って私が勝手に『箱根に出よう』とやり始めたんです。だから、今でも大学からは結果を求められていない。最初は特待生枠も、部の予算も何もなかったので厳しかったですけどね。でも、予選会で何とか頑張っているうちに当時の学長が私を呼んでくれて、『頑張ってるじゃないか。何かやって欲しいことはあるか』と聞いてくれたんです。それで『合宿をするお金と、良い選手を獲れる枠が欲しい』というと、対応してくれたんです」

【次ページ】 “心の教育”重視の指導法。

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