プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
悪者チャンピオンとダヴィデ=アポロ。
棚橋弘至とミケランジェロ、肉体の夢。
posted2018/09/19 11:30
text by
原悦生Essei Hara
photograph by
Essei Hara
数週間前、東京・上野公園の国立西洋美術館を訪れた棚橋弘至は、イタリアの彫刻家ミケランジェロ・ブオナローティの大理石彫像「ダヴィデ=アポロ」(フィレンツェ・バルジェッロ国立美術館蔵)の前に立っていた。
「ミケランジェロと理想の身体」(9月24日まで国立西洋美術館)の展示室の照明はかなり絞られていた。広めの薄暗い空間に1つだけ置かれた彫像は、以前フィレンツェで見た時よりも神秘的であった。
ダヴィデ=アポロはミケランジェロの1530年頃の作品とされているが、彼が残したほかの美しいダヴィデやアポロとは違って粗削りである。
このダヴィデ=アポロの背中には石の塊が残ったままだ。そこにあるのが飛び道具の「弓矢を入れる筒」なのか「投石器」なのかもあいまいなままで、永遠の謎とされている。
ミケランジェロがゆえに、この作品が本当に未完なのか、意図的な完成品なのかは結論に至っていないという。
もしかしてダヴィデ=アポロの新必殺技?
ギリシャ神話でよく聞く「アポロンの矢に射られる」という表現の通り、ローマ神話のアポロも、太陽神であり芸術神であり弓矢の名手でもあった。アポロは遠方の敵もその矢で仕留めたという。
一方、ダヴィデは旧約聖書の英雄少年で、巨人ゴリアテを必殺技の投石で倒した。
彫像のダヴィデ=アポロは背中の武器を取るために、左手を右肩に回しているが、何のためにそうしているかは分かるわけもなく、ただそこにある手つかずの石の塊が残っているだけだ。
私が勝手に想像を膨らますと――もしかしたら、そこにあるはずの物は、語られている矢筒でも投石器でもなく、ダヴィデ=アポロの新必殺技のために用意されたまったく別ものだとしたら、もっとすごいことになる。
芸術的には、片足に重心を置くギリシャ彫刻の美しいとされる「コントラポスト」と呼ばれる古典的なポージングに、棚橋はレスラーとして何かしっくりしない違いを感じていた。