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御嶽海の優勝、その本当の価値は?
横綱大関が総崩れの「幸運と不運」。
posted2018/08/08 10:30
text by
西尾克洋Katsuhiro Nishio
photograph by
Kyodo News
御嶽海が、名古屋場所で初優勝を遂げた。
日本出身力士としては8場所ぶり、出羽海部屋からは38年ぶり、そして長野県出身力士としてはあの雷電以来となる208年ぶりという、「8」という数字に縁のある優勝だ。力士らしからぬ軽妙なインタビューにも注目が集まり、前向きな報道が多いことに嬉しさを覚えた次第である。
素晴らしい優勝だったことは間違いない。好調でも後半に失速し、クンロクハチナナで終えることが多かった御嶽海が遂に15日間で結果を残したことで、今後の可能性への期待が大きくなった場所でもあった。
だが、どこか腑に落ちないところがあった。
名古屋場所のチケットの売れ行きがこれまでと比べると悪いという情報が場所中に複数入ってきたほどだ。とはいえテレビの視聴率にそれほど変わりは無い。詰まるところ「現場で観たい」という固定ファンの相撲に対する熱量が落ちているということだ。
横綱大関が不調だったタイミング。
その理由は単純だ。
横綱大関が不甲斐なかったからである。
3横綱は全て休場、豪栄道が何とか10勝、高安は9勝。準優勝は平幕の豊山だった。このような状況で優勝した御嶽海について、彼に対する期待度が高まりきらないのは致し方ないことだ。
これは御嶽海が悪いのではない。そういうタイミングだったということである。
では、こうした優勝は過去に存在しなかったのだろうか。
今回、6場所制に移行した昭和33年以降の、関脇による優勝場所を紐解くことにした。ここで関脇ということで限定したのは、平幕の優勝の大半が最高位が関脇以下の力士で、言い換えると生涯で一番充実した15日間を送った力士が掴み取るという形の優勝であり、小結の優勝は母数が少ないために傾向が見えないということを付け加えておく。