球体とリズムBACK NUMBER
目新しい事をせず、ただ勝利する。
ジダンがいる限り黄金期は続く。
posted2017/06/09 11:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
AFLO
「ギャレス(・ベイル)はベンチスタートだと言われている。本当に残念なことだよ。生まれ故郷の人々の前で、勝利を決定づけるようなパフォーマンスを披露したいはずだからね。彼以上に、この試合に何かを刻みたいと思っている選手はいない」
チャンピオンズリーグ(CL)決勝当日、開催地カーディフの地元紙『サウス・ウェールズ・エコー』は、当地出身のベイルを中心に紙面を編んだ。そのなかに、かつてレアル・マドリーを2度にわたって率い、母国ウェールズ代表監督時代には16歳のベイルを代表にデビューさせたジョン・トシャック氏の見開きにわたる長いインタビューがあった。
自身は現役時代の1977年に、リバプールのチャンピオンズカップ決勝進出に貢献しながら、ファイナルの前に負傷。至高の舞台に立てなかったレジェンドは、後進の先発の可能性の低さを嘆いた。
それは当然、ウェールズの小さな首都に住む人々の総意でもあった。負傷明けとはいえ、前日練習でキレのある動きを見せていただけに、もしかしたら、と地元記者たちの淡い期待もほんのすこしだけ膨らんだ。
ジダンの言葉の中に、真新しいものはほとんどない。
しかし周知のとおり、ジネディーヌ・ジダン監督は彼をベンチに置いて試合を始め、最後は前人未到の偉業を達成した。勝負に徹するというよりも、静かに、正しいことをする。それが指揮官ジダンだ。
「これ以上ないほどに幸せだよ」と試合後に44歳の名将(この呼称に異論を挟む人はもういないはずだ)は何度も言った。
「(成功の秘訣は)多くのハードワークだ」
会見で彼が囁くように語り始めると、ジャーナリストたちは真剣に耳を傾ける。名実ともにフットボールを極めた人の言葉から、大事な何かを探り出すように。ただしそのなかに真新しいものや、刺激的なものはほとんどない。このスポーツにおける真実を、ただありのままに口にするのだ。