書店員のスポーツ本探訪BACK NUMBER
清原にホームランを打たれた男達。
勝負の先にも続く「人生」の深み。
text by
伊野尾宏之Hiroyuki Inoo
photograph byWataru Sato
posted2017/04/23 08:00
PL学園のユニフォームを着て清原和博が甲子園で描いたアーチは計13本。その一つ一つに、秘められた物語がある。
清原に本塁打を浴びた2人の投手の心持ちは……。
享栄高校には村田忍と稲葉太という2人のピッチャーがいた。
エースナンバーの1は村田。稲葉は控えである。かつて二人のポジションは逆で、稲葉が圧倒的な能力を見せ、村田はその後塵を拝する存在だった。
そして迎えた、1984年夏の甲子園1回戦。
享栄高校先発の村田は清原にホームランを浴び、PL打線に滅多打ちに遭う。村田をリリーフした稲葉もまた清原にホームランを浴び、失点を重ねる。PLが大量得点を重ねていく一方で享栄は無得点。しかもヒットすら出ていなかった。
あんなに練習したのに。あんなにきつい思いをしてきたのに。
マウンドを降りた村田はベンチから必死にバッターボックスに立つ仲間に声を張り上げていた。それを見て、稲葉はある決断をする。
「(清原に)ぶつけてくるわ」そう村田に言って稲葉はマウンドに向かった。
村田と稲葉は卒業後、それぞれの人生を歩む。特に稲葉の人生は波乱万丈だ。その決して交差しない人生の中に、「野球」と「清原」が絶妙な配置で存在している。
スポーツを伝える文章はその先の世界をも表現できる。
『清原和博への告白』には清原と対戦した選手、それぞれの人間のドラマがある。それぞれが語らなければ、誰にも知られないままだった人生だ。
私たちはテレビやネットなどのメディアを通じて野球を見る。スポーツを見る。中継を通じて勝負の行く末を見守る。
そして結果に一喜一憂し、試合後の談話やリポートを通じてその試合で何が起きていたか、試合の勝敗を分けたポイントは何だったのかを考える。
普通はそこまでで終わりだ。
しかしスポーツを伝える文章はその先の世界をも表現できる。勝負の背景、経緯に何があったかを掘り下げる。それを描くことで、実は我々が目にしている場面は選手たちが織りなすドラマのほんの一部分でしかないことを知る。