サムライブルーの原材料BACK NUMBER
ハリルはなぜ何度も前言を覆すのか。
浅野の起用からわかる「超現実主義」。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTakuya Sugiyama
posted2016/09/13 07:00
浅野拓磨は細貝萌と同じシュツットガルトへのレンタル移籍が決まった。日本のスピードスターはどこまで伸びるだろうか。
自分で確認した浅野のコンディションに信頼があった。
シュツットガルト移籍が発表されたのは、翌26日だった。すぐ帰国した浅野のコンディション、モチベーションはハリルホジッチが望んだとおりだったのではないだろうか。
リアリストは現実を見て判断する。コンディションがつかみ切れないほかの欧州組より、リオ五輪で輝きを見せ、自分の指示どおりにコンディションを仕上げてきた浅野に信頼は深まっていた。
あのUAE戦、後半21分に浅野は岡崎慎司と交代して1トップで入った。リードされ、裏のスペースが消された状態では浅野のスピードはなかなかいきない。普通ならナンセンスな采配かもしれない。それでもハリルホジッチは浅野にこだわった。勝負の場面で浅野を頼った。浅野が活躍すると踏んでいた。だからこそ浅野のシュートがノーゴールと判断されたシーンに納得がいかず、“恨み節”となったのであろう。
そして続くタイ戦は、その浅野を先発させている。右足首を軽く打撲した岡崎が万全ではないと判断したとはいえ、思い切った起用ができたのも浅野に対する信頼があったからにほかならない。浅野は後半30分にゴールを挙げ、引っ張るだけ引っ張った指揮官の期待に応えている。
初戦を落とした指揮官にとっても、チームにとっても土壇場だった。精神的に追い込まれた状況ながら、リアリストは己が現実に見たものを信じた。コンディションの良かった原口や山口の起用も、きっと同じ観点である。しかし信頼は一度つかんだからといって持続するものでもない。10月にはまたそのときの「リアル」が待っている。
金崎や憲剛に公の場で語りかける理由。
ふとハリルホジッチの言葉を思い出した。
「私は魔術師じゃない。グラウンドで一生懸命仕事をするしかないんだ。しかしその仕事をやらせてもらえなければ、ミラクルなど起こせない。もしそれでもミラクルが起こるというなら、それは小説のなかでの話にすぎない」
現実的には代表で集まる機会は少なく、その期間も短い。
ゆえに彼は日ごろから代表の自覚を持たせ、「やっているのか」と問いかける。踏み込んでまで金崎夢生や中村憲剛に公の場で語りかけるのも、そういった背景があるからだろう。
多弁なリアリストの実像がここに来てはっきりと見えてきたような気がしている。日本が追い込まれている状況に変わりはない。されど筆者のなかで失望は広がっていない。