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2915日後に立ったTVの“向こう側”。
やり投げ・新井涼平が世界陸上で9位。
posted2015/08/27 11:30
text by
宝田将志Shoji Takarada
photograph by
AFLO
わずかな差を噛みしめるのは、これからなのかもしれない。鎬を削り、そして届かなかったという事実を。
陸上の世界選手権に初出場した、男子やり投げの新井涼平(スズキ浜松AC)。26日の決勝、2投目にこの日一番となる83m07を投げたが、上位8人で争う4投目以降には進めなかった。9位だった。
8位入賞と新井とを隔てた差は6cm、1円玉をまっすぐ3枚並べただけの長さだった。
国際陸上競技統計者協会の野口純正氏によると、新井の83m07は、トップ8に残れなかった記録としては、世界陸上史上2番目の好記録だったという。
それでも、思う結果はつかめなかった。勝負に来ていた本人が「駄目でした。周りのレベルが高い。そこに自分が付いていけていない」と悔やむのも分かる。
しかし、24歳の青年がやりを握り北京の助走路に立ったこと、そのこと自体に小さくない意味はあった。
「なんか体、動かしたいな」
今から8年前、2007年の夏、新井はぼんやり考えていた。
中学では野球に打ち込んだが、補欠だった。埼玉県立皆野高校に進むと、強豪のグランドホッケー部に入った。しかしどうにも馴染めず、すぐに退部。高校1年の夏休みはアルバイトをして過ごしていた。
8年前の9月2日、テレビには世界陸上が映っていた。
9月2日、日曜日。
自宅のテレビに、大阪で開催中の世界陸上が映っていた。
男子やり投げは最終6投目、最後のテロ・ピトカマキを残すのみ。彼は89m16を投げ、すでに金メダルを決めていた。
直後、新井はこのフィンランド人が放ったやりが雄大な放物線を描くのを目にする。
90m33。「すごい」。
2学期が始まると、突き動かされるように陸上部の門を叩いた。最初は短距離や走り幅跳びもやったが、やり投げの選手になるのに、そう時間は掛からなかった。