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元日本代表、現さいたま市議1年生。
都築龍太が語る転身の理由と「夢」。
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byTakashi Shimizu
posted2015/06/02 10:30
すっかり議員らしい姿になった都築龍太だが、話し方や表情の端々に、現役時代以来の芯の強さが見え隠れする。どんな第二の人生が彼を待ち受けているのだろうか。撮影協力:浦和ロイヤルパインズホテル
1度目の選挙は、何も知らない状態で始まった。
立候補表明後に東日本大震災が起きる。「こんなときに選挙なんてやっていいのか?」という想いもよぎったが、1度決めたことをやめてしまうわけにはいかない。文字通り、用意された神輿に乗るように選挙活動が始まった。
「何も知らないことへの不安はもちろんありました。それでも、そんな僕のことをわかったうえで、応援してくれる人たちが増えていった。今まで一度も会ったことのない人が、地元を良くしたいと応援に駆けつけてくれたんです。それが本当に嬉しかった。
ことあるごとに自分の無力さを感じたけど、なるべく不安な素振りは見せないようにして、彼らの期待に応えるために頑張りました。でも、それだけでは十分じゃなかった」
地元さいたま市緑区を回り、できる限り多くの人の話を聞く。しかし「知識のないことは話せない」と演説もままならない状態だった。そして、いかに都築とはいえ選挙は知名度だけで当選できるほど甘い世界ではなく、落選という結果を突きつけられた。
「二度と選挙には出たくないと思いました」
「選挙直後は、もう二度と選挙には出たくないと思いました。悔しさもそれほど感じなかった」
プロサッカー選手としてのキャリアを終え、自身の将来について都築は悩んでいた。多くの選手が目指す“指導者”という生き方には魅力を感じなかった。サッカーへの情熱はあったが、それは自分がプレーすることへの熱だ。その場を失ったという現実で、サッカーそのものに少し疲れていたのかもしれない。
「現役時代から、次の試合に対してはストイックになれるけれど、海外サッカーを熱心に見るような選手ではなかった。次の試合に出ること、その試合で勝つこと。そういうところへの執着心でやってきた」
目の前に立ちはだかるモノに対して必死になる。だから、「W杯出場を目標にして頑張る」という気持ちもほとんど持っていなかったという。
「クラブで評価されて試合に出て、そこでのプレーが認められて呼ばれるのが代表。何よりもまずはクラブという考えだった。W杯に出るため、代表に入るために……というのをモチベーションにするタイプの選手ではなかったですね」