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<各校エースたちの最終章> 箱根駅伝 「速さだけでは、足りない」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byAsami Enomoto/Nanae Suzuki
posted2014/01/21 06:15
左から大迫傑(早大)、服部翔大(日体大)、窪田忍(駒大)、設楽啓太(東洋大)。
3年連続2区の啓太が持っていた、山上りに挑む覚悟。
「前日は風が強く、芦ノ湖の遊覧船が欠航していた。今日も同じような天候だったら5区は他の選手に任せることも考えていた」
ストライドが大きく体重の軽い設楽の場合、風の影響をもろに受けるからだ。
酒井の脳裏には去年の苦い経験があった。天候不良で遊覧船が欠航する中、風を苦手にしていた5区・定方俊樹が服部に首位を奪われ優勝を逃した。今年はしかし、幸運なことに当日の風は安定していた。
設楽は昨年まで3年連続でエース区間の2区を走った。にもかかわらず、最終学年となる今年は1年前からすでに5区を走る覚悟を固めていたという。10区を任された、同じく4年生の大津顕杜が証言する。
「去年の箱根が終わったあと、監督には『上級生は全員が5区を走るんだという気持ちでいなければいけない』って言われた。でもみんなどこか引いてしまうところがあって。ただ、啓太はひとりだけ『来年は俺が走る』って言い続けていた。あの気迫はすごかった」
「走りで引っ張る」が口癖で、普段は無口なエースが、そうした発言をすること自体、珍しいことだった。
冷静さを欠いたとはいえ「その1秒を削り出せ」を体現。
本番ではその気持ちが空回りする。最初の1km、3分程度で入る予定が、20秒近くも速い2分43秒。中継を見ていた大津が回想する。
「いくらなんでも速過ぎるだろ、って。これは、上りに入っても差はつかないと思いましたね。相当、しんどかったと思いますよ」
4区から襷を受け取ったとき、2位駒大との差はわずか21秒。初めての5区ということもあり、設楽は冷静さを欠いていた。
未体験の急激なアップダウンに途中から股関節も痛み始めた。それでも後半の下り坂に入ると少しずつ2位を引き離し、最後は59秒差をつけて往路を締めくくった。
区間賞を競った服部とのタイム差はわずか1秒。しかし、それは東洋大のテーマであり、選手のうちの何人かが腕や手の甲にマジックで書いていた「その1秒を削り出せ」をまさに体現していた。
「最後の最後で、キャプテンらしい走りができてよかった」
初めての山上りを前に「不安はない」と気丈に振る舞っていた設楽だが、優勝翌日、こう本音をもらした。
「正直、怖かったです(笑)」